人が生まれてくる意味 遠い古も 未来もきっと同じ
小さい頃から、私は里中の嫌われ者だった。
忍だった両親が抜け忍となり、私を捨てていった、あの時から。
"裏切り者の娘"として、大人たちからは白い目で見られ、子供達からはイジメられた。
それでも、そんな私の事をアカデミーに誘ってくれた人がいた。
「君の両親は優秀な忍だったんだ。だから…君もやってみないか?」
誰も私に話しかけてくれる人などいなかったのに、その人は優しい笑顔で、そう言ってくれた。
里中が私の両親を悪く言う中で、その人は父と母の事を"優秀だった"と言ってくれた。
嬉しかった―――
「僕はアカデミーの講師をしてるカグラだ。宜しく、」
カグラは、"裏切り者の娘"としか呼ばれた事がない私の名前を、初めて呼んでくれた大人だった。
優しくて、強くて、誰よりも私を理解してくれる人。
そう信じ、疑わなかった。
「は覚えが早い。才能あるな」
そう言って、いつも誉めてくれたカグラの事を、私はいつしか好きになり始めていた。
「ねぇ、カグラはどうして私に優しくしてくれるの?」
「意味なんかないさ。の両親の事はには関係ないことだ」
いつか、そう尋ねた時、カグラは優しい笑みを浮かべて、そう言ってくれた。
その言葉は、一人ぼっちだった私を、何よりも幸せにしてくれたんだ。
それなのに……あの事件をきっかけに、何もかも変わってしまった。
抜け忍だった私の両親が、カグラの親友を殺してしまった、あの日から――
「…大蛇丸?」
「ああ。の両親はそいつのところにいる。知ってるか?」
「…うん。聞いた事がある。大蛇丸って木の葉の三忍と言われてた人でしょ?でも抜け忍になって里を裏切ったって…」
「ああ。そいつが…新たに忍の里を作ったんだが…の両親は大蛇丸にそそのかされたんだろう。今、一緒に行動しているらしい…」
「…そんな…何で…」
「それは分からない。でも僕はこれから、大蛇丸のいる音の里に偵察に行く」
「え…?カグラ先生が…?!」
「ああ。だから…もしの両親を見つけたら…里に戻るよう、説得してみるよ」
「…カグラ先生…」
その言葉がただ嬉しくて。
私は、笑顔で任務に出かけていくカグラを、黙って見送ってしまった…
今、思えば、父と母に、もう一度会えるかもしれない、とバカな望みを持ってしまったのがいけなかったんだ。
その次の日…唯一、生き残ったカグラは大怪我をして、里に戻ってきた。
「…カグラ…」
病室のベッドに、傷だらけで横たわる彼を見た時、胸の奥が張り裂けそうだった。
「お前の両親がやったんだ……オレの親友を―――!!」
意識を取り戻し、私を見たカグラの目は、憎しみに染まっていた。
"の両親の事はには関係ないことだ"
優しくそう言ってくれた彼は、もういなかった。
その日は私が、アカデミーを卒業した日…
本当なら、真っ先に報告したかった相手。
一番、喜んでくれるはずだったカグラが、憎しみのこもった目で、私を見た、あの日から、私はまた一人ぼっちになった。
私は何のために生まれて来たの?
誰からも必要とされない存在なんて、生きてる意味なんかあるの?
憎まれて、疎まれて、死ぬまで、一人ぼっち……
カグラからも背を向けられた私は、生きる事の意味を失った。
――それから、すぐだった。
下忍になったばかりの私に、"砂隠れ、風影の息子を暗殺しろ"と命令が下ったのは……
敵うはずもない。
スリーマンセルで一緒に来たはずの仲間も、気づけば消えていた。
ああ…やっぱり、そう言う事か。
私は、捨てられたのだ。
両親からだけじゃなく、生まれ育った里からも。
なら…皆の望むように、消えてあげる―――
「…オレもだ」
そう呟いた我愛羅を、私はもう、怖いとは感じなかった。
ただ、同じ痛みを持つ彼を黙って見ているだけ。
血を流しすぎたのか、意識が遠のいてきた私は、最後に自分と同じ目をした人に会えて、嬉しいとさえ思っていた。
ああ、このまま死ぬんだ。
もう苦しまないで済む…寂しいと泣かないで済む…
そんな事を思っていた。
涙で濡れた頬を、暖かい手が撫でていく。
他人の体温が、こんなにも心地いいなんて、知らなかった。
こんなにも暖かいなんて、知らなかった。
「…お前を…殺せない」
初めて心から安堵した時、薄れゆく意識の中で、そんな言葉が、耳を掠めていったのだけは、今も覚えてる。
「…意識が戻った時、まだ生きてる事に驚いた私に、我愛羅は言ってくれたよね…。"ここにいろ、オレの傍に"って…」
「…今もその気持ちは変わらない」
「でも…もう、あの時の我愛羅じゃない。今は風影となって、皆から慕われてる。一人ぼっちだった頃とは違うのよ」
「…」
「本当は…私が我愛羅を変えたかったな…」
そう呟けば、我愛羅は悲しそうな顔をした。
あの日、我愛羅に助けられた時から、私は我愛羅だけを信じ、ついて来た。
彼の憎しみは深く、計り知れない暗闇を抱えていたけど、私が照らしてあげたいと思っていた。
でも、私が思ってた以上に、我愛羅の中にいる化け物は強く、徐々に彼の精神を乗っ取っていく…それを黙ってみているしかなくて…
なのに…木の葉のアイツが…我愛羅を暗闇から救い出した。
生きる事の意味を、我愛羅に教えてくれた。
ずっと一緒だった私でさえ、出来なかった事を、アイツは…
「ナルトに会って…我愛羅は変わったよね。あれから頑張って、皆の信頼を得ようと死に物狂いで頑張って…我愛羅は立派な風影になった」
「………」
「悔しいけど…私じゃここまで我愛羅を変える事は出来なかった…」
「そんな事はない」
「…いいよ。嘘言わないで。私は…我愛羅の憎しみを増加させるだけの存在だった。同じ痛みを持つ者として、私はナルトのように我愛羅を暗闇から出すんじゃなく、逆に暗闇にとどめようとしてた…
また一人になりたくないから…我愛羅を暗闇に引き止めてただけ…傷を舐めあっていただけ……最低だよね…」
だって、こんなにも…好きになってしまったから。
ずっと、私と同じ場所にいて欲しかったの。
我愛羅にとったら、私はただ同じ痛みを持つ仲間なんだって分かってたけど、でも…それでもいいから私と同じ目でいて欲しかった。
そうすれば、私は我愛羅にとって、意味のある存在でいられるような気がしたから…
でもそれは間違いなんだって……私もアイツに教わったんだ。
「私は…我愛羅の傍にいちゃダメなの。我愛羅をダメにする存在なのよ…」
「…バカなこと言うな」
「…だって…そうなのよ!」
涙が止まらない。
胸が痛くて、苦しい。
自分以外の人を好きになるのは、こんなにも――
「…我愛…羅…?」
不意に引き寄せられた先に、我愛羅の香りと背中に回された腕。
抱きしめられてると気づいた時、我愛羅の肩越しに、あの三日月が光って見えた。
「それでもいい…」
耳元を掠めるくらいの声で、我愛羅が呟いた。
その言葉が、胸に突き刺さる。
「…何…言ってるの…?我愛羅はもう、風影なのよ?そんな事――」
「だけど…がいなければ…オレはダメになるんだ…」
「………ッ」
「確かに…ナルトに会ってオレは色々な事を教えてもらった…。だけど、その意味を本当に理解したのは、がいてくれたからだ」
「…我愛羅…」
「苦しみや悲しみ…喜びも…他の誰かと分かち合う事が出来る…。その本当の意味を教えてくれたのはお前の存在だ…本当に辛い時、お前が傍にいてくれたから…」
震える声で、繋ぎとめるように言葉を吐き出す我愛羅が、ただ愛しかった。
生きる価値さえないと思っていたのに、そんな私を、我愛羅は…
「生きる意味が分からないなら……オレの為に生きて欲しい」
誰かの為に、人は生きるのかもしれない。
我愛羅の言葉は、私の頑なな心を溶かしてくれる。
あなたを愛しく想う夜に、見上げた先は、あの夜と同じ、綺麗な三日月が光ってた――