scene.03:あなたの幸せ願う夜には




あなたの幸せ願う夜には 水面にぼんやり月が揺れる






私は我愛羅さえいれば良かった。
それで幸せだった。
戦いの中でも、私は我愛羅が傍にいれば、何だって出来た。
人を殺すことさえ、躊躇わなかったの。



暗殺のため、砂隠れに来た私が、その標的に助けられ、本物の裏切り者になった。
もう帰る場所はない。
いや、元々、どこにも帰る場所なんかなかった。


「我愛羅の連れて来た女、アイツの付き人になったらしいぜ」
「強いのか?」
「かなりヤバイらしい。目が合っただけで殺気ムンムンな目で睨んでくるそうだ」
「ひえ〜やっぱ化け物の仲間だな〜」


砂の連中は陰でそう言いながら、私と我愛羅を蔑むような目で見てくる。
私の生まれ育った里の連中と、何ら変わらないと知るのに、それほど時間はかからなかった。
我愛羅はこの里で、私と同じ苦しみを味わってきたんだ。
そう実感した時、何故あの時、我愛羅が私を殺せなかったか分かった気がした。
我愛羅もまた、私と同じだったんだ…





「我愛羅の…為に…生きる…?」


優しく響いた我愛羅の言葉に、堪えていた涙が零れ落ちる。
誰かの為に生きるなんて、私達にとったら何の意味も持たない事だった。
少し前の…私達には。


「…孤独だったオレを初めて救ってくれたのは…、お前だ。お前がいてくれたからオレは…今日まで生きてこれた」
「我愛羅…」
に会う前のオレは…孤独な道を選び、一人で生き延びようと必死だった。自分以外の奴は全て敵…その敵を殺して自分の生きる意味を見出してた。
でも…と会ってからのオレは、お前を守る為だけに戦ってきた気がする……初めて自分以外の人間の為に何かをしようと思えたんだ」


ゆっくりと腕を離し、私を見つめる我愛羅の目は、出逢った頃の彼とは違い、どこか優しさで溢れているように見えた。


「私の…為…」
「ああ…お前以外の人間が死のうがどうなろうが、どうでも良かった。それは同じ痛みを持つ者だからなのか、よく分からなかったけど…今なら分かる気がするんだ」


そう言いながら微笑む我愛羅に見惚れていると、不意に屈んだ我愛羅の唇が、私の唇を掠めていった。


「……っ」


初めての感覚に一気に頬の熱が上がった私を見て、我愛羅も少しだけ照れ臭そうに視線を反らした。
キスされたんだと気づいた瞬間、急に涙も止まり、ただ目の前の我愛羅を見つめる事しか出来ない


「が…我愛羅…」
「…そんな顔するな…」
「だ…だって…何で…」
「……言葉で伝えるのは…難しいんだ」


少しだけスネたように呟く。
我愛羅らしい答えに、キスされた恥ずかしさよりも、おかしくなった。


「…何がおかしい」
「だって…我愛羅らしいから…」
「………」


クスクス笑う私に、ばつの悪そうな顔をする。
別れを決心したはずなのに、そんな思いを消してしまうくらいのものを、我愛羅はくれた。


「…どこにも行くな」


その言葉と同時に我愛羅の腕が空を切り、息が止まりそうなほど強く私を抱きしめた。
背中が撓るほど強く包んでくれる腕を感じ、止まったはずの涙が、また溢れてくる。


「…私は…我愛羅にとって必要…?」
「…誰よりも」
「私といて…我愛羅は幸せになれる…?」
「…がいないとなれない」
「………っ」


我愛羅の言葉に、一気に涙が零れ落ちた。


――本当は、遠くから我愛羅の幸せを祈るつもりだったのに。


泣きながらそう呟くと、我愛羅は「遠くからじゃ意味がない」、と苦笑いを零した。
誰よりも孤独を知ってる人だから、私を救ってくれた我愛羅…
そんな彼が、いつしか、誰よりも大切な存在になってた。


「私も…我愛羅がいないとダメだよ…」


乾いた砂が舞い、私と我愛羅を包んでいく。


遠くに見える僅かなオアシスには、あの夜の三日月が、笑うように揺れていた。