おねだり | 後編 ⑴


(※ここから先、軽めの性的描写があります)


1.


蘭が風呂から出るのを部屋で待っていたは地味に緊張していた。竜胆からの大事なお願いをちゃんと実行できるかどうか不安だった。

「大丈夫。兄貴、めちゃくちゃ機嫌良さそうだから、が可愛くおねだりすれば憧れのコタツ生活が待ってる。と、いうことでオレは部屋に引っ込むから好きなだけイチャイチャしろ」

先ほど竜胆に言われた言葉を思い出しながら、はコタツ生活の為に頑張ろうと、ベッドに潜り込んだ。竜胆から聞かされたコタツの素晴らしさを思い出し、まるで最初から自身がコタツを望んでいるような気分になってきた。テーブルに布団がついてくる。コタツとは何て凄いんだろうとは思った。
…これを人は洗脳と呼ぶ。
その時、部屋のドアが開く音が聞こえての心臓が僅かに跳ねた。

…?寝ちゃった?」
「お…起きてる…」

モゾモゾと動いてフワフワの上掛けから顔を出す。蘭はすでに髪も乾かし着替えたようで、パジャマ代わりにしているルームウエアを着ていた。上に羽織ったオーガニックコットンの黒いベロアガウンは、細身の蘭によく似あっていて、とてもカッコいいとはいつも思う。が顔を出したのを見た蘭は嬉しそうな笑みを浮かべて歩いて来ると「さみ~」と言いながら隣に潜り込んできた。が蘭の方に身体を向けるとすぐに抱き寄せられる。仄かに蘭の使っているシャンプーの香りがして、少しドキドキしてきた。

「オレ、酒臭くない?」

額に自分の額をくっつけて確認してくる蘭に、は「ううん」と首を振った。

「蘭ちゃん、いい匂いする」
「そ?なら…キスしていい?」
「……え」
「ダメ…?」

いつも外から帰った時は唇にキスをしてくる蘭が、先ほど頬にキスをするだけで留めたのはお酒の飲めないに気を遣っていたらしい。そこに気づいたは小さく頷いた。そして竜胆に言われたことを思い出す。

(蘭ちゃんにいっぱい甘えて…寝る時にちゅーして、それから…その気にさせる…)

その気とはどの気なのかは分かっていない。しかし竜胆に言われた言葉を素直に頭の中で繰り返しながら、蘭からされるより先にの方から唇を寄せた。互いの唇が触れ合い、ちゅっと可愛い音が鳴る。これには蘭も驚いたのか「?」と目を丸くした。

の方からしてくるの久しぶりじゃん…どした?」
「ダ…ダメだった…?」
「んなわけねえだろ、嬉しいしかないけど?」

自分から仕掛けたクセに頬を赤くしているを見て、蘭の口元が思わず綻ぶ。今度は蘭の方から唇を塞ぎ、やんわりと啄んだ。

「んー癒される…」

ゆっくりと唇が離れていくのを感じながらが目を開けると、蘭の優しい眼差しと目が合う。酔っているせいなのか、綺麗なバイオレットが更に潤みを帯びて煌いている。その瞳に見つめられると、の鼓動が勝手に速くなっていくのはいつものことだ。

「…、眠たい?」
「ね…眠くない…」
「オレもー。じゃあちょっとお喋りしよーか」
「…うん」

の額にちゅっとキスをしながら蘭が微笑む。そこでもホっとした。
このまま寝ると言われたら竜胆から託されたミッションという名のおねだりが出来ない。少し眠たい気もしたが竜胆とコタツの為に頑張ろうとは心に誓った。
蘭はの首元に左腕を入れて腕枕をすると、右腕で腰を抱き寄せた。そうすることでお互いの距離が一気に近くなる。

、あったけぇ~」

ぎゅっと抱きしめながらの頭に唇をつける。ふたりの体温で布団の中はすぐに暖かくなった。

「蘭ちゃんもあったかい。いつも足冷たいのに」
「あー風呂入ったばっかだからかなー。今日さみーしシャワーだけじゃ無理だったわ」

蘭は細身のわりに暑がりなので湯船に長々と入らない。なのに筋肉質ということもあり身体が冷えやすく、いつも寝る際に冷えた足をにくっつけては「冷たい」と可愛い苦情を言われるのだが、それも寝る前のじゃれ合いみたいなものでも本気で嫌がっているわけじゃない。でも今日はお風呂で温まったことで、の足に絡めても苦情は入らなかった。
蘭はのこめかみに口付けながら「俺のいない間、竜胆と何してたー?」と訊いて来た。

「えっ?」

蘭から不意打ちのような質問をされ、思った以上に高い声が出てしまった。まさか作戦会議をしてましたとは言えない。竜胆に頼まれたことは内緒だと言われているからだ。

「何でそんな驚くんだよ。何かオレに言えないようなことしてたのかよ」

蘭の目がスっと細められ、むぎゅっとの鼻をつまむ。慌てて首を振りながら「ひ、ひてにゃい…」と応えれば、すぐに蘭の眉尻が下がった。

「ほんと可愛いよなァ、は」

鼻を解放された瞬間、赤くなったそこへちゅっとキスをされ、の頬がじわりと熱くなった。その頬へも唇が触れる。蘭の唇が肌に触れるたび、そこから甘い痺れが広がっていく感覚がは好きだった。幸せなドキドキが生まれて心が満たされていく気がするからだ。

「何だよ、オレがいなくて寂しかった?」

が胸に顔を押し付けて来たのを見て蘭が笑う。

「…寂しかった」
「オレもー」

の頭に頬を寄せて、蘭はホっとするのを感じた。こうして腕の中に収めているだけで癒されるのだから笑ってしまう。以前の自分を考えると、それは不思議な感覚だった。

「どーした?眠たくなった?」

小さな手がぎゅっと胸元を掴んで来るのを感じ、蘭がふと尋ねた。
は違うもんと首を振りながら、今この状態でおねだりしてみようかと考えていると、不意に顎が持ち上げられ顔を上に向けられた。自分を見つめる蘭の双眸が、さっきよりも熱を孕んでいる。

「じゃあ……したいの?」
「…えっ」

何を、と問う間もなく、の身体が気づけば仰向けになっていて、上から見下ろして来る蘭の艶っぽさにの心臓が大きく鳴った。顔に、サラサラと蘭の髪が降って来る。

「オレはしたいよ、と」
「ら…蘭ちゃ…ん…」
「んー?」

額、瞼、頬とキスをして来る蘭の胸元をもう一度ぎゅっと掴むと、すぐに唇を塞がれた。触れるだけのキスを繰り返しながら、蘭の手がの頬を撫で、指が耳輪をなぞるように動く。首筋にゾクゾクとしたものが走り、は思わず首を窄めた。唇を解放されたと思えば、今度は耳にもキスをされ、くすぐったさが広がっていく。

「く、くすぐったい…」

耳たぶを唇で挟まれると、ぞわっとしたものが走り、肌が粟立つ。

「くすぐったいの?」

首を窄めながら身を捩るを見て、蘭が「可愛い」と苦笑した。こういう反応を見たいがために、わざとやってしまうのはいつものことだ。

「ん…」

手が服の中へ侵入してきて、直にお腹や腰のラインを滑るように撫でてくる。それすらくすぐったくて「ら、蘭ちゃん…」と静止するよう視線を上げれば、欲の孕んだ瞳と目が合った。

「そろそろ我慢の限界なんだけど……はオレとするの、怖い?」

その問いに心臓が小さく跳ねたが、条件反射で首を振っていた。これまで蘭が最後までを抱いたことはなく、その理由がにはよく分からなかったが、自分の為だということは何となく理解している。

「じゃあ……今夜は最後までしても…いい?」

だからそう訊かれた時は自然に頷いてしまった。その瞬間、後頭部を引き寄せられ、唇をやんわりと食まれる。

「…ん、ぁ…」

薄く開かれた唇の隙間に舌が差し込まれ、口内を優しく動き回る。口蓋を舌先でなぞられ、優しく舌を絡めとられると、少しずつ身体の色々なところが熱くなって疼いてくるのが分かった。しかし、そこで竜胆に言われたことが頭を過ぎる。

"兄貴がオマエに手を出して来たらなるべく焦らして、兄貴の限界がきたら…そこで必殺のおねだり開始だ!"

蘭の唇を受け止めながらも、竜胆の言葉を反芻しながら今がその状況なんだろうとは思った。しかし焦らすとはどこら辺までのことを言うんだろう…と考える。ただでさえ蘭に触れられてしまえば、まともな思考はシャットアウトされてしまうのだ。

「…ぁ…っ」

唇から首筋、胸へと移動していく蘭の唇に、くすぐったさと甘い刺激が同時に襲って来て、器用な指先に身につけていたものが脱がされていく。外気が肌に触れたせいで敏感な場所が硬く主張している。そこへも口付けられると、背筋がぞくりと粟立った。そのまま吸われたり舌先で転がされたりと刺激を与えられると、たまらず口から声が洩れる。結婚してから蘭に何度となく与えられた愛撫はすっかり身体が覚えてしまった。蘭の思うように身体が反応していく。それに気づいているからこそ、蘭は初めてを抱こうと思ったのかもしれない。

「…ひゃぁ…んっ」

片方の手が太ももを撫でるように滑り落ち、下着の中へ吸い込まれると、長い指が敏感な場所に触れる。閉じている部分をゆっくりと開くように動く指の刺激に、の肩が軽く跳ねた。撫でるように優しく動かされると、下腹の奥がズクリと疼き、触れられている場所が熱く潤んでくる。焦らすどころの話ではない。蘭の与えてくれる甘美な刺激で、の頭の中はすでに何も考えられなくなってしまった。

…力抜いて…」

首筋に唇を這わせ、耳の形をなぞるように舌先で舐め上げれば、の身体が軽く震えるのが分かった。ふと視線を上げれば、艶のある頬がほんのり赤く染まっていて、大きな瞳は蘭を誘うように潤んでいる。蘭の与える快楽に身体は素直に反応し、今では過去にされた行為の痕跡すら微塵も感じさせない。大好きな蘭に必死で応えようとする健気な少女がそこにいた。

なるべく優しく指を動かし、今ではすっかり蘭に馴染んだ中を丁寧に解していくと、の口から可愛い喘ぎが途切れ途切れに零れて、蘭の耳を刺激してくる。頭の芯が熱くなるほどに身体も昂ぶり、目の前の少女がたまらなく欲しくなった。けれど、今までのように欲のまま奪うような抱き方はしたくない。怖がらせて嫌な記憶を思い出させないよう、出来るだけ優しくしたかった。こんな風に思える相手に出会ったのも初めてで、自分の中にそんな優しさがあることも蘭は初めて知った。いや、に教えてもらったのかもしれない。

「ら…んちゃ…ん」
「ん?気持ちいい?」

ゆっくりと奥の方まで指を抽送すれば、小さな吐息を漏らしながら潤んだ瞳が蘭を見つめる。真っ赤に染まった頬や、火照って汗ばんだ身体、どこもかしこも扇情的に見えて、蘭の余裕を奪っていく。

「そろそろ…挿れてもいい…?大丈夫そう?」
「…へ…いき…ぁっ」
「あ~はここ弱いよなァ…でもダーメ。今日は指じゃイかせない。オレのでイって」

奥を解していた指を引き抜き、涙の滲んだの目尻、そして唇に軽くキスを落とす。額をくっつけながらの瞳を覗き込むと、自然に溢れて来るのはただ愛しいという想いだけだ。

「愛してる…」

無意識にそんな言葉が零れ落ちたのは、一時会えなくなると覚悟をしたあの夜以来だった。

「…わたしも…蘭ちゃん…愛してる」
「ほんとにー?オマエ、優しくされたらすーぐソイツのこと大好きになっちゃうからなァ。ちょっと心配」
「そ…そんなことないもん…蘭ちゃんはずっとずっと一番だよ…?」
「そ?なら安心したわ」

蘭が微笑むと、も恥ずかしそうに微笑む。そこで唇が重なり、蘭の指がの指に絡められた。

「痛かったら…ちゃんと言えよ…?」
「……う、うん…」

苦しかった過去など、今のの中には何一つ残っていない。こうして肌を合わせていても、怖いどころか心が満たされていく一方だ。にとっては、蘭と抱き合うことが自分にとっての初めての行為だと思った。

「…ん…っ」

ゆっくりと入ってくる蘭の熱を感じ、の声が跳ねる。まるで初めて受け入れているかのような僅かな痛みと、甘く痺れるような感覚が同時に襲って来た。

「…は…ぁあ…っ」
「…痛い、よな…やっぱ。さすがにキツい」

丁寧に解してきたとはいえ、まるで初めての時のように締め付けられ、蘭の口から深い吐息が洩れる。は痛くないと首を振ったが、でもここで強引に事を進めたくはない。なるべく急がず、ゆっくりと腰を進めていく。

「少し…力、抜ける?」
「…ん…ぅん…」

蘭の手を強く握りしめながら、が小さく頷いた。痛みより、大好きな蘭と繋がれたことが嬉しくて、は軽く息を吐くと少しずつ力を抜いて行く。そうすることで痛みは和らいできた。それでも額にじんわり汗がにじむ。

「…楽に…なった」
「…そう?良かった…」

かすかに笑みを浮かべるに、蘭もホっとしたように微笑むと、そのまま小さな唇に口付ける。

「なるべく優しくするから…も無理はすんなよ?痛かったらちゃんと言え」

汗で額に張り付いた髪を指で避けながら、そこへも口付けると、が恥ずかしそうに頷いた。

「うん…でも…大丈夫…もう痛くない…幸せだから」
…」

潤んだ瞳で微笑むに、蘭の胸が音を立てた。幸せだから――。何より、蘭にとっては嬉しい言葉だった。

「バーカ…煽んなって…せっかく我慢してんだから」

さっきから繋がってる部分が疼いて仕方がない。欲望のまま思い切り抱いてしまいたい衝動に駆られながら、それをぐっと堪えつつ「動くぞ」との頬へキスをした。なるべく身体に負担をかけないよう、ゆっくりとした律動を繰り返していけば、次第にの小さな喘ぎが静かな部屋に響いて来た。



後編2へ続く