おねだり | 後編 ⑵




「あれ…起きた?」

蘭に抱かれた後、気だるさの中に飲まれて気づけば眠っていたらしい。目を開けると蘭の胸に顔を押し付けた状態で抱きしめられていた。お互いにまだ何も身につけていない。

「蘭ちゃん…」
「…どっか痛いとこある?」
「う、ううん…平気…」

がしょぼしょぼした目を擦りながら応える。蘭は軽く吹き出しながらも頭を撫でてやった。

「まあ…相変わらずイったらすぐ寝ちゃってたもんなーは」
「え…」

そう言われて先ほどの行為を思い出したは、一瞬で頬が赤くなった。久しぶりに男性を受け入れた身体は最初こそ痛みを訴えたものの、蘭が優しく丁寧に進めてくれたことで徐々に痛みは和らぎ、別の刺激が生まれた。あんなにも相手の愛情を感じながら抱かれたのは初めてだった。蘭はをひとりの女の子として扱ってくれる。の赤く染まった顔を見て、蘭は火照った頬へもちゅっと口付けた。

「可愛いからいいけど」
「ら…蘭ちゃ…ん?」

急に視界が動き、蘭が覆いかぶさって来たことでの瞳が驚きで見開かれる。お互いに何も身につけていない状態で、未だ余韻の残る場所に蘭の手が容易く辿り着いた。

「もう一回、してい…?」
「え…っ」
「さっきはすっげー穏やかに進めたから、今度はちょっとだけ激しいやつな」
「……っ」

艶っぽい笑みを浮かべる蘭にキスを仕掛けられ、の顏が更に赤く染まっていく。確かにさっきはが蕩けてしまいそうなほど、優しく抱いてくれた。それでもにとってはいっぱいいっぱいで、今も身体は気だるさに包まれている。なのに激しくされたらどうなってしまうんだろうと、は少しだけ不安になった。それでも蘭の甘いキスで思考回路が遮断されそうになった時、ゆっくりと唇が解放された。

「…あー…でもあんま激しくすっと竜胆に気づかれるか…」
「……竜…ちゃん…?」

キスの余韻でとろんとした目を蘭に向けながら、ふとその名前を聞いた瞬間、頭の奥がばちんと弾けた気がした。そしては自分が重大なミスを犯したことに気づく。一気に目が覚めたような感覚で思わず声を上げた。

「…あ!」
「え…?!」

もう一度キスをしようとの口元へ唇を寄せていた蘭は、唐突に聞こえたその声に驚いて顔を離す。何か彼女の体に異変があったのかと思った。

「…どうした?やっぱどっか痛いのかよ?」

は固まったまま放心しているように見える。蘭は目の前で手を振りつつ「どこがいてーの?」と、顔を覗き込む。気づいたはハッと我に返り、すぐに首を振った。

「い、痛くない…」
「ほんとか?オマエ、我慢してんじゃねえの?」
「し、してない…ホントに痛くない」

心配そうに手で両頬を包んでくる蘭を見て、は変な誤解はさせたくないと必死に首を振った。痛いのではない。は困っていた。竜胆のお願い事をすっかり忘れてしまっていたのだから当然だ。焦らすどころか蘭の与えてくれた蕩けるほどの愛撫に酔わされ、おねだりする前にうっかり最後まで許してしまった。

(どうしよう…竜ちゃんに頼まれてたのにおねだり出来てなかった…)

蘭と初めて抱き合えたことが幸せすぎて、すっかりそのことを忘れていたは、蘭にどうコタツの話をしようかと頭がいっぱいになってしまった。そんなの気持ちなど蘭は知らない。どこも痛くないと聞いて心底ホっとしていた。安心したら再びよこしまな気持ちが湧いて来る。の唇にちゅっと軽めのキスを落とすと、そのまま事に及ぼうと覆いかぶさった。がきょとんとした顔で視線を上げる。

「ら…蘭ちゃん…?」
「んーもう一回したい」

蘭がの耳をペロリと舐めながら甘えたような声を出す。甘い刺激を与えられたの鼓動が僅かに跳ねた。意識が蘭の方に戻され、またしてもおねだりのことが頭から離れそうになる。その時、蘭がの頬にも口付けながら、ふと思い出したように呟いた。

「…もうすぐの誕生日で、オレ達の結婚記念日だろ」
「え…?ひゃ」

首筋も軽く舐められ、そこからジワリと甘い疼きが走る。このまま流されていたら、再び竜胆のお願い事は忘れてしまったかもしれない。けれど、次の蘭の言葉を聞いたは今しかないと思った。

「初めての記念日だしは何か欲しいもんあ――」
「…コタツ!」
「…は?」

若干かぶりながら秒で即答したに、さすがの蘭も驚いて目が点になった。
甘いムードも吹き飛ぶほどの威力だったらしい。蘭の動きがピタリと止まる。
一方、は竜胆に言われたような可愛いおねだりは一切できなかった。焦っていたせいもあるが、ただ「コタツ」と叫んでしまった。こんなことでコタツを買ってもらえるんだろうか、と心配になり、呆気にとられた顔で自分を見下ろしている蘭を恐る恐る見上げる。

(もっと可愛く焦らしながらおねだりしなきゃいけなかったのに…蘭ちゃん、ビックリしたよね、きっと…)

せっかく竜胆に頼ってもらえたのに、これじゃダメって言われるかも…とは少し落ち込みそうになった。すると、それまで固まっていた蘭が不意に口角を上げて「ふーん」と言いながら顔を近づけて来る。

はコタツ、欲しいの?」
「う…うん…」

蘭が意味深なほど、唇に弧を描く。は何とか頷くことには成功したものの、竜胆から最後に言われていた「オレが頼んだと絶対バレないように自然に」が出来ていたかは分からない。そもそもが素直なは、嘘をついたり何かを隠すといったことが大の苦手なのだ。竜胆に頼まれたことが蘭にバレたら竜胆が怒られるかもしれないと思った。ジッと見つめて来る蘭にドキドキしながら、もおずおずと見つめ返す。すると蘭が優しい眼差しを浮かべながら微笑んだ。

「いいよ」
「…え?」
が欲しいなら誕生日プレゼントはコタツな?」
「………」

あまりにアッサリOKが出て、今度はが唖然とした。

「ほんと…?いいの…?蘭ちゃん」
「当たり前だろ。オレがのお願い断ったことあるー?」

頬にちゅっと口付けながら蘭が笑う。はぶんぶんと首を振った。言われてみれば、確かにのお願いしたこと全て、蘭は叶えてくれている。最初に会ったあの夜「助けて」と言った小さなSOSも蘭が気づいて受け止めてくれたからこそ、今があるのだ。

「ありがとう、蘭ちゃん…」

何故か泣きそうになった。蘭は嬉しそうに微笑みながらの額にキスを落とす。

「じゃあ…次はオレのお願いきいて」

の頬に手を添えて呟く。柔らかい唇を軽く啄みながら、少しずつ深くなっていく口付けに、蘭のお願いは聞かなくても分かった気がした。

"今度は激しいやつな"

さっき言われた言葉を思い出すと勝手に身体が火照っていく。だがしかし――竜胆に託された"ミッション"を無事にやり遂げた安堵感からか、それとも蘭のキスが甘すぎたせいか。はそのまま幸せな夢の中へと落ちて行き――。

「……?って…寝ちゃったのかよ…」

唇を離した途端、の顏がこてんと横を向き、蘭の動きがハタと止まる。視線を下げればは気持ち良さそうな寝息を立て始めた。この状態でまさかのお預けを喰らったらしい。蘭は「マジで…?」とガックリ項垂れた。

「ったく…オレにお預けさせる女はオマエだけなんだけど…」

と苦笑交じりでボヤきながら、ほんのりと赤みの残る頬を指でつつく。それが刺激となったのか、の口がむにゃむにゃと動き、思わず蘭は吹き出した。

「色気ねえなー。ま…そこがめちゃくちゃ可愛いんだけど」

一瞬で顔を綻ばせ、いつものように頬へ「んー♡」と擬音付きでキスをしていると「ら…んちゃ…大好…き…」という可愛い寝言と微笑みが返って来た。



またしてもしょーもないお話を思いついてしまいました笑
ふたりの関係が途中だったので今回はそこも進めたかった💑
でもふたりはあまり重たいイメージ湧かなくて軽めの優しい感じになりました笑
後日談まで続きます。