おねだり~オマケ~




次の日の朝、竜胆が起きだした頃に蘭とはすでに起きていた。リビングへ顔を出すとふたりは仲良くノートパソコンを見ながら何やかんやと楽しそうに話している。今日も蘭にセットしてもらったのか、の編み込んだ髪には大きな花型のヘッドドレスが飾られている。その花が奇しくも蘭の花というのがあざとい。
自分の奥さんに自分の名前と同じ花を飾る兄の独占欲が見て取れる。それを体現するかのように、マーキングの如く蘭がにキスをしまくってるのを見て、竜胆は深い溜息を吐いた。

兄夫婦のイチャつきを見せられるのは慣れたものの、寝起きは勘弁して欲しい。しかも普段より数倍ものベタベタのラブラブな空気が漂い、余計に声をかけづらくなった。蘭がを背後から抱え込んで座っているのはいつものこと。しかしスキンシップがヤバい。頬や唇への軽いキスは普段と変わらないが、今は首筋にキスをしたり、耳まで軽く食んだりしている。そのたびにからは「ひゃ」「くすぐったい」などの可愛い声が上がり、艶のある頬の赤みが徐々に全体へ広がっている。それを見た蘭が更に顔の筋肉を緩ませているのは見間違いじゃないはずだ。

(あの空気…まさか兄貴のヤツ…)

当初ふたりが籍を入れたのは身寄りのないを他人の蘭が保護的な意味合いで面倒を見るためだった。なので当然、普通の夫婦がするであろう夜の営みはなく、蘭もに手を出そうとはしなかった。しかし次第にを女の子として大切に想うようになり、蘭の気持ちにも変化が現れた。に至っては言わずもがな。当然、想いを寄せ合っている男女が本当の夫婦として接するようになり、同じ部屋で寝ていればそういった営みに発展するのは至極自然なことだ。とはいえ、の過去が過去なだけに蘭も早々手を出せなかったようで、竜胆もその辺の事情は蘭から聞いている。だからふたりはまだ清い関係だったはずだ。なのに今はどうだろう。以前と変わらない光景のように見えて、何となくふたりの間に独特の空気が流れている。

(…ありゃ…ヤったな)

そう結論づけた竜胆は、まさか自分がをけしかけたせいか?と暫し頭を悩ませる。だが前にも増して幸せそうなふたりを見ていると「ま、いっか」という思いがこみ上げた。のトラウマもすでに浄化されたんだろう。ふたりが名実ともに本当の夫婦になったのは弟としても喜ばしいことだ。ただ一つ、竜胆が気になったのは自分のお願いは実行されたんだろうかという一点のみだった。ふたりがイチャつくのを呆れ顔で眺めながら考えていると、気配を感じたのか蘭が唐突に振り向いた。

「…うおっ竜胆…?なに突っ立ってんだよ…起きたなら声くらいかけろ」

竜胆が後ろに立っていることに気づいた蘭が驚いたように顔をしかめている。いつもなら部屋のドアを開けた時点で気づくクセに、とは思ったが、せっかく機嫌の良さそうな兄を不機嫌にしてしまえば自分が痛い思いをするだけだ。ツッコミたいのをグっと堪えて、竜胆は「おはよう」とだけ言っておいた。

「竜ちゃん、おはよう」
「…おう、おはよう」

にいつもの挨拶をされ、それに応えつつふたりは視線を合わせる。の目は昨夜のミッションを伝えたそうにしていた。

「ふたりで何見てんの?」

さり気なく言いながら蘭とが見ているパソコン画面をのぞき込む。

「んん-?あ~の誕生日プレゼント探してんの♡」

蘭がマウスを操作しながら応えた。画面が切り替わり、そこにはズラリとコタツの画像。そこで竜胆は再びを見た。

「あのね、蘭ちゃんがコタツ買ってくれるって」

夕べのミッションは成功したと伝えたかったんだろう。が笑顔で言った。
竜胆は心の中でガッツポーズをしつつも、そこで練習していたリアクション通りの反応をしてみせた。

「ハァ?兄貴、コタツ買うのあんなに嫌がってたじゃん。何で急に?」
「………」

自分でも自然に言えたと思っていた。しかし蘭はしばしの沈黙の後、に微笑みながら「、これでコタツ探してて」と声をかけ、立ち上がった。は素直に「うん」と頷き、パソコン画面にくぎ付けだ。コタツはもはや"竜胆の欲しいもの"ではなく、の欲しいものとして脳内変換されているようだ。それを見ていた竜胆は自分もコタツを選びたい欲求があったものの。立ち上がった兄が自分の肩へいきなり腕を回してきたことで思考回路が停止した。

「…オマエだろ?そそのかしたの」
「……ッ」

顔を近づけ、竜胆の耳元に口を寄せた蘭が静かに、それでいて聞いた事のないくらいの低い声で囁いた。もちろん、後ろで楽しそうにパソコンを見ているには聞こえない程度の声量だ。なのに、竜胆は自分の鼓膜が破れるのではないかと心配になるほどの威力があった。

「…な、なな何の…こと?兄ちゃん…」
「ふーん…とぼけんのかァ…」
「………(ヒィッ)」

至近距離でその綺麗な瞳を細める蘭の迫力たるや、とても言葉では表せない。身の危険を感じた竜胆は、あっけなく降伏した。

「……ご、ごめん、なさい」

こんなに素直な謝罪の言葉を口にしたのは何年ぶりだろう。自分でも首を傾げるほど遠い昔のような気がする。どんなに強いヤツが相手でもこんな言葉を吐いたことはない。少年院でイザナにボコられても、鑑別所でサウスにボコられても、それを口にはしなかった。そんな竜胆が唯一怖いのは自分の兄、ただ一人。

「いーよ」
「へ?」

ビクビクしながら蘭の次の言葉を待っていた竜胆の耳に、まさかの優しい声色が届く。恐る恐る視線を上げれば、蘭は恵比寿様?と思うほどの優しい笑みを浮かべていた。

「今回だけはに免じて許してやるよ、竜胆」
「…あ…兄貴…」
「ただし」

と不意に笑みを消した蘭は「次、に変な頼みごとしたら…」とそこで言葉を切ると、再び竜胆の耳元に口を寄せた。

「分かってんだろ…?」
「は……はぃ」

流氷でも流れて来たのかと思うほどの冷たい声が、竜胆の鼓膜を震わせた。ついでに背中にも氷を入れられたかのような冷んやりとしたものが走る。しかし蘭は素直に頷いた弟を見て、満足そうに微笑んだ。

「じゃあ…オマエもとコタツ選べよ」
「……え?」
「ただし、ウチのリビングに合うデザインのやつなー?」

蘭はそう言いながら竜胆の頭をクシャリと撫でる。こんなことをされるのは小学校以来だった。胸熱になる竜胆。

「に…兄ちゃん…!さんきゅー!」
「うぉ!抱き着けとは言ってねえ!離れろ、竜胆!」

思い切りタックルの如く飛び掛かって来た竜胆に、さすがの蘭も驚く。引きはがそうにも関節技の得意な竜胆、技をかけられてなくても抱き着く力は強い。そして痛い。蘭が必死にもがいていたその時、が笑顔で振り向いた。

「蘭ちゃん、可愛いコタツあったよ」
「マジで?」

の可愛い笑顔に一瞬でデレた蘭は、腰に抱き着いていた竜胆をいとも簡単に振り払い、愛しい奥さんのところへ戻っていく。一方、蘭に物凄い力で振り払われた竜胆は勢いよく後ろへ転がった。その衝撃でかけていた眼鏡がズレる。

「ひでぇよ、兄ちゃん…」
「あー?何か言ったァ?」

再びとイチャつきながらパソコンを覗いている蘭を見て、竜胆は兄弟愛の儚さを知った…。

「オレも今年こそ彼女つくろ…」

眼鏡をかけ直し、新年の抱負の如く、竜胆は心に誓ったのだった。





何のこっちゃなおねだりオマケの後日編です笑。
竜胆の扱いが雑な蘭…笑