04.望むだけあげよう君になら
夏休みも半ばとなった深夜。はタンクトップにショートパンツといった寝るだけの恰好のまま、ベッドの上で小説を読みふけっていた。今夜も母親は仕事に出かけていて、家の中はとても静かだ。パラリとページをめくる音だけが部屋に響く。いつもなら隣から苦情が来るほど好きな音楽を大音量で流すだったが、最近は音が煩わしいと感じるほどに静寂が落ち着く。静かな空間でこうして本の世界に没頭している時は、リアルな世界のことを忘れていられるのだ。今日手に取ったのは推理小説だった。元々は母親のもので、ドラマ化されたものを見た母親が面白かったからと原作を本屋で見つけて買って来たらしい。けれどドラマが最終回を迎えると熱はすっかり冷めたようで、手付かずのままリビングの本棚に放置されていたのを暇つぶしに読み始めたのだ。漫画本しか読んだことがなかったでも、冒頭から物語に入り込み、今では夢中になって読み進めていた。
「え、うそ。ここでまた殺人…?ってことはアイツは犯人じゃないってこと…?」
足をぱたぱた動かしながら探偵よろしく、読みながら推理をしていたは話の流れに驚きながらふと呟く。何かを読んだりしている時につい独り言ちしてしまうのは漫画も小説も変わりないようだ。予想していなかった展開に続きが気になり、次のページをめくる。その時だった。ベッドボードに置いてあるケータイがかすかに振動し始めて、の体がピクリと跳ねる。それは恐怖からなのか、それとも期待からなのか自分でさえ分からない鼓動の速まりを感じながら、ゆっくりと本を閉じる。もちろん途中のページに栞を挟むことを忘れずに。無意識に時計を確認すれば深夜0時を少し過ぎた頃。はゆっくりとケータイへ手を伸ばした。
「…修二」
電話は予想通り半間修二からだった。は出るか出まいか迷いながら点滅するライトを見つめる。しかし迷っているうちに音は鳴り止み、再び室内に静けさが戻った。ホっとしたような、後悔が残るような、複雑な思いがの胸にこみ上げた。たった一つの着信であっけなく現実世界に引き戻されてしまうのだから嫌になる――。
あの出来事から二週間が経とうとしていた。解放されたのは軟禁されてから二日後のことで、その頃にはすっかりは疲れ切っていた。半間に抱かれては少し眠り、起きればまた抱かれる。そんなことを何度となく繰り返していたせいだろう。家に帰って来た日は丸々24時間は眠ってしまい、起きた時は体の節々が筋肉痛のように痛んだ。何も食べていなかったせいで酷い空腹にも襲われ、起きている間中、何かしら食べていた。おかげで次の日には体力も戻って来たが、夜には再び半間から呼び出された。以来、一日おきくらいに呼び出しの連絡が入る。今の電話もそうなのだろう。だからこそ出るのに迷ってしまった。出てしまえば、断れない自分がいることを知っているからだ。
(やだ…まただ…)
身体にかすかな疼きを感じて、はケータイを元の位置へ戻すとベッドへ突っ伏した。あれ以来、半間のことを思い出すと勝手に身体が反応してしまうのだ。酷いことをされたはずなのに、無理やり覚えさせられた快楽。身体が貪欲にもそれを求めようとしているみたいに火照ってくる。最初の恐怖や痛みを忘れ、馴染んで来た後の快感の方が強く残るなんて予想すらしていなかった。それもこれも最初は強引で乱暴だった半間が、急に優しくを抱くようになったせいだ。あの後も普通に半間を受け入れ、抱き合ってしまった。好きだからこそ、最初の行為を許してしまったのだ。半間があんなことをするキッカケを作ってしまったという罪悪感もあった。でも何より、半間があそこまで思い詰めるほど自分を必要としてくれていたという嬉しさの方が勝ってしまった。自分でもおかしいと思う。だからこそ、未だにひとりになれば迷いが出て、半間のことを考えないようにしているというのに、電話がかかってきてしまえば嫌でも思い出してしまう。
「はあ…私と修二ってどんな関係なのよ…」
今の心中にあるのはそれだ。こんなに迷いが出るのもきっとそうなのだ。は半間を好きだと正直に打ち明けたが、半間はハッキリ答えようとはしなかった。ただ抱きたいと言われたところで、自分にだけ反応すると言われたところで、それが好きだということにはならない。男の欲望は女のそれとは違う。全く別物だとは思っていた。
「ただ会ってエッチするだけなんて…セフレと同じじゃない」
認めたくないが今の関係を考えればそうなってしまう。は半間とそういうことだけをしたいわけじゃない。もっと普通に恋人という関係を築きたいと思っている。でもそれを口にしたら半間がどういう反応をするか怖いから言えない。そもそもケンカに明け暮れてばかりの半間と普通につき合えるのか、としても疑問だった。
「無視…しちゃった…」
うつ伏せだった体を仰向けにして、再びケータイへ手を伸ばす。これまで半間からの連絡に出なかったことはなく、さっきスルーしてしまったことをどう思っているのか怖かった。
(怒ってるかな…)
ふと不安になった。会いたい気持ちはある。けれども、また会話もそこそこに抱かれるのはとしても寂しい。ふたりの今の関係をどう考えてるのか聞きたくて「話があるんだけど」と言っても半間はすぐに話を反らすか、セックスへ持ち込むかで何となく誤魔化されてるような気がする。それもにしたら不安だった。その時――。突然家のチャイムが鳴り、ビクリとした。
「え…」
こんな深夜に尋ねて来るような人間に心当たりはない。――ひとりを覗いては。
「まさか…修二…?」
ガバっと体を起こし、部屋を飛びだすと玄関へ向かう。すると気配が伝わったのか、ドアをどんどんと軽く叩く音と同時に「?」という半間の声が聞こえて来た。
「いるんだろ?開けろよ」
「修二…」
ドキリとして足が止まる。ここでもは迷ってしまった。しかし居留守を使えばそれこそ怒らせてしまいそうだ。
「ま、待って…」
そう声をかけてから、はそっと鍵を外すと、ドアノブを回そうと手を伸ばした。だがが開ける前にドアが開き、半間が中へ入って来る。狭い玄関に長身の半間が入って来たことで、の視線が自然に上へと向けられた。その時、凄い力で抱き寄せられ、強引に顎を掴まれたと思った瞬間には唇を塞がれていた。
「んぅ…んっ」
強く腰を抱きよせられたことで背中をのけぞらせながら、必死に半間の胸元へ縋りつく。最初から唇を割って侵入してきた舌に絡めとられ、咥内を余すことなく貪られる。口蓋をなぞるように舌先が動きだすと首筋の辺りにゾクゾクとしたものが走った。
「電話…何で無視すんだよ」
の咥内をたっぷり味わった後で満足したように唇を離した半間は、それでも不満そうにその鋭い瞳を僅かに細めてみせた。狭い玄関の壁に背を押し付けられたは真っ赤な顔で半間を見上げる。半間は両腕を壁に付き、その間に閉じ込められたには逃げる術がない。
「む…無視したわけじゃ…」
「じゃあ何でかけ直してもこねえの?」
「…そ…れは…」
気づかなかった、という言い訳は通用しない気がして、は言葉を詰まらせた。それに本気で会いたくなかったわけじゃない。こうして会ってしまえば、また流されてしまうのが嫌だったのだ。
「まーだ逃げようとしてんの?オレから」
半間の大きな手が頬へ添えられ、指先がの左耳を優しく撫でていく。またゾクリとしたものを感じて全身が粟立った。ピクリと跳ねたの肩先に視線を落とした半間は、口元を緩めると見せつけるように弧を描いた唇をゆっくりと舐めていく。獲物を前にした獣のような視線をに浴びせながら、ゆっくりと顔を近づけた。
「に…逃げる気なんかないってば…」
あまりに弱々しい自分の声に自身が驚いた。さっきまで散々迷っていたというのに、顔を見てしまえばやっぱり会いたかったのだと思い知らされる。
「ひゃ…ちょ…っ」
突然、膝裏を抱えられ、抱きあげられたことで変な声が出た。半間はを抱えたまま家に上がると、そのまま真っすぐの部屋へ歩いて行く。以前にも母親がいない時に何度か遊びに来たことがあるので、の部屋がどこにあるのかも半間は知っている。
「ちょっと…修二…っ」
「んー?」
先ほどまで小説を読んでいたベッドの上に、抱えていたを横たわらせた半間は、すぐのしかかって来る。はその性急さに慌てて半身を起こそうとしたが、その前に肩を押さえつけられてしまった。半間からは、ふわりと煙草の匂いがした。おずおずと見上げれば、表情のない半間の鋭い目が自分を見下ろしている。脚にその存在を知らしめて来るような硬く熱い昂りが感じられて、自然に頬が熱を持った。肉体だけの繋がりなど望んでいないのに、求められていると思うと身体のあちこちが疼きだすようだった。半間は何も言わず、ゆっくりと顔を近づけ、またしてもキスを仕掛けて来る。先ほどの性急なものとは違い、やんわりと唇を重ねながら、の唇の形を確かめるように唇で優しく触れて来る。次第にそれが啄み食むような口付けに変わると、の呼吸もだんだんと乱れていく。その時、するりと服の下へ冷えた手が入り込んできて、ビクリと首を窄めた。もう寝るだけなので下着の類はつけていない。半間の手は容易くの滑らかな肌を撫でながら、膨らみへとたどり着いた。
「ん…修二…ダメ…んっ」
冷たい指先が触れたことで硬く主張した突起を軽く弄られ、そこから広がる甘い誘惑に、抗うよう半間の手を止める。けれど、半間は気にすることなく指の動きを止めないまま、白い首筋へ舌を這わせた。
「身体はそうでもねえみたいだけどー?」
「ちょ…やめてってば…」
身を捩りながら形だけの抵抗を試みたところで、半間の言うように身体は疼いていく一方だ。それでもこのまま抱かれてしまえば、いつもと何ら変わりはない。
「ノーブラってエロいね。服の上からでもココ硬くなってんの分かるとこが」
半間はそう言って笑うと、中から手を引き抜き、ツンと主張している場所を指先で押した。その刺激で更に鼻から声が洩れる。のその反応に気分を良くしたのか、半間は口元をそこへ寄せながら舌先を硬く尖らせ、服を押し上げている箇所を舐めた。
「…んぁっ」
服の上から刺激を施され、擦れる感覚が甘いものへ変わるのに時間はかからず、下腹部がズクンと疼くのがにも分かる。これ以上、触れられたらおかしくなってしまいそうだった。
「ま…待って、修二…」
「さすがに待てねえって…、エロ過ぎて限界だっつーの」
「ひゃ…っ」
言葉の通り、半間の顏からは先ほどまでの余裕は消えているようだった。首筋へ唇を落としながらも性急に服をまくり上げ、いともたやすくから奪い取っていく。何も身につけていない上半身を半間の目に晒され、は恥ずかしそうに身体を捩ろうとした。それを強引な腕に引き戻されると、今度は真っ赤な顔で半間を見上げる。潤んだ瞳は半間の理性を簡単に崩壊させていく。
「ほんとにやめて欲しいなら、そんな顏すんなよ」
「な…ゃあ…っ」
苦笑気味に言いながら、白い肌へ舌を這わせ膨らみに辿り着くと、誘うようにツンと上を向いている頂を口に含み、舌の上で何度か転がした。の背中が僅かに反って艶のある声も跳ねる。しかし身体とは裏腹に、の細い指先が半間の動きを静止するよう片方の胸を揉む手へ伸びた。
「ダメ…だってば」
「こんな反応してんのに?」
自分の手首を掴んでいるの手を剥がすと、半間は白い太腿へ指先を伸ばし撫で上げながらショートパンツの隙間へ侵入させた。
「ぁ…っや」
「ほら、濡れてんじゃん。上から触っても分かるけど?」
半間に言われ、の頬がカッと熱くなる。言われなくても分かっていた。下腹部の甘い疼きは広がる一方で、その奥からはトロリとしたものが溢れて来たことも。全て半間に仕込まれたのだから、彼の愛撫に素直に反応してしまうことも分かっていた。それでも、今日こそもう一度ちゃんとふたりのことを半間と話したい。このまま抱かれてしまえば、またあやふやなままで終わってしまうことは目に見えている。
「ん…んっ」
下着の上で動いていた指が、今度は下着の中へ入って来たことで、直接敏感な部分を撫でられた。強くもなく弱くもない加減で動き、指の腹で小さな突起を何度も擦られると、甘い痺れが広がり、奥から再び愛液が溢れて来る。半間は指でそれを絡め取ると、ゆっくりと泥濘の中へ埋めていく。
「ぁぁ…あっ」
「すっげー濡れて来たよ、のここ。やべぇわ…興奮する」
「や…やだ…ってば…」
「いいの間違いだろ?」
の耳たぶを舌先で舐りながら、半間が苦笑する。中を弄る指が奥の壁を何度も擦り上げると、きゅっと締め付けて来るのが分かり「もう我慢出来ねえし挿れんぞ…」と半間が徐にズボンのジッパーを下ろし始めた。それを見たは僅かに半間が離れた隙に慌てて身体を起こすと、ベッドの下へ転がり落ちるように逃げた。ついでに脱がされたタンクトップを手に取ることも忘れない。その素早い一連の動作に驚いたのか、半間がキョトンとした顔でを見下ろしている。
「何だよ…」
「だ…だから待ってって言ってるじゃない…っ」
「ハァ?ここまで勃ってんのにお預けはねぇだろ…」
見れば半間はすっかりやる気満々だったようで、硬く反り返った自身を指さした。釣られての視線がそこへ動いたが、もろに視界に入ったそれに「ぎゃ」と声を上げてすぐに顔を背ける。の耳まで真っ赤になったのを見て、半間は苦笑交じりで「今さら…?」とボヤくように呟いた。
「い…今更も何もないからっ!早くしまってよっ」
「えぇ…」
眉を下げ、明らかに不満げといったように口を尖らせる半間は子供のように見えて、もちょっとかわいそうかなと思いかけた。でもここで負けたら不毛な関係が延々続きそうで、心を鬼にして「早く」と言いながら自分もタンクトップを急いで身に着ける。のその姿を見て無理だと思ったのか、半間は渋々と言った様子で服を整えると、煙草をくわえてベッドに腰を掛けた。
「はあ…で…?お互い身体がその気になってんのに止める理由って何ー?」
「ちょ、ちょっと言い方!」
ガックリ項垂れながらボヤく半間の言葉に、の顏が再び真っ赤になっていく。あれから何度体を重ねようとも、最悪の初体験を済ませたばかりのにとっては回数の問題ではなく。色んな意味で半間の言動に羞恥心が煽られてしまう。それなのに身体のあちこちに半間の触れた感触が沁みついて、今この瞬間も身体の芯は疼いてるのだから嫌になる。
「うるせえなあ、相変わらずキャンキャンと…。で…本題は?」
ベッドに手をつきながら天井を仰ぎ、煙草の煙をくゆらせている半間は、苦笑いを浮かべた。は以前、半間の為にと買った灰皿を棚から取ると、それを彼の足元へ置いた。そして自分もベッドの下へ正座をしながら半間を見上げる。
「何?かしこまっちゃって」
自分の前に正座しているを見下ろしながら、半間は少し身構えたように笑う。は覚悟を決めてジっと半間を見つめると、思い切ったように口を開いた。心臓がドクドクと音を立てて速くなっていく。
「修二と私は…何?」
「は?」
「今の私達の関係って何なのかなって思って」
「ひゃは…♡…何ソレ」
笑ってはいるが、半間の口元が僅かに引きつったのをは気づいた。胸の奥がズクリと鈍い痛みを訴えて来る。半間にとってはやっぱり遊びなんだろうかという思いが過ぎって急に怖くなった。けれどここで逃げていては同じことの繰り返しだ。は目を伏せて軽く唇をかみしめたが、もう一度覚悟を決めた。
「あんな形で…修二とこういう関係になったけど…私やっぱり――」
「ちょ…待て」
「え…?」
少し焦ったような口調で制止され、は戸惑うように視線を上げた。半間はが感じたように少し慌てた様子で煙草を灰皿に押し付けると、ベッドに座り直しを見つめた。若干口元が引きつっている。
「オマエ…性懲りもなくまたもう会わない、とか言い出すんじゃねぇだろーな」
「…え?」
その言葉にが本気で驚いた瞬間、半間の腕が伸びて床に座っていたの腕を掴むと、急に引き寄せられた。
「しゅ…修二…?」
気づいた時には抱きしめられていて半間の胸に顔を押し付けられている。何事かと驚いたは軽く瞬きをした。さっきまで半間が吸っていた煙草の香りが鼻を衝く。半間の名前を呼ぶと背中に回った腕に力が入り、更にぎゅっと抱きしめられた。
「オマエ、言ったよなァ?オレのことが好きだって。あれは嘘だったのかよ。あの場から逃れるために言っただけか?」
「修二…?どうしたの?」
「応えろよ」
僅かに身体が離れ、半間がを見下ろしてくる。その眼差しは意外にも真剣だった。
「嘘…じゃないよ、もちろん…。むしろ本気だし…。修二こそ私のこと、ただのセフレとか思ってるんじゃないの…?」
「……は?何で?」
「何でって…」
本気で驚いているのか、半間はこれまで見たことがないような表情を浮かべている。まさに寝耳に水といった顔だ。
「オマエがセフレって…マジで言ってんの?それ」
「だ…だって!あの日以来、修二ってば会うたび…っその…アレするから…だから…」
「いや……マジ理由ってそれだけ?」
呆気にとられたように半間は聞き返す。しかしは「それだけって何よ…そこが大事なんじゃない」とブツブツ言い始めた。
「私…嫌なの…修二ともっとちゃんと向き合いたい。好きだから…その…身体だけの関係なんて…だから修二はどう…思ってるのかやっぱりちゃんと聞きたいっていうか…」
思い切って切り出し、ハッキリと自分が思っていることを口にしたわりに、最後はどんどん尻すぼみになっていく。しかしふとが顔を上げた時。半間の顏がニヤケていることに気づき、目が半分まで細められた。
「な…何笑ってるの…?」
「あ?いや…別に…つーかさぁ……。はぁ…」
半間はの両肩に両手を置き、頭を項垂れたまま溜息をついた。
「そりゃ…オレも言葉が足りなかったとは思ってたけどさぁ…普通気づかねえ?」
「……気づく…?」
「オレ、こんなけ女に執着したこと一度もねえんだわ。ってか見たことある?オマエと知り合った後のオレが女に手ぇ出してるとこ」
「………」
暫し考える素振りをしたは軽く首を傾げながら「ない…かも」と応えた。言われてみれば女は寄って来ていたけれど、その女達と半間がどうこうなった場面は見たことがなく。親しい女はそれこそ友達といった枠としか言えないくらいの関係性だったようにも思う。そう考えると、あれだけつるんで一緒にいたのはしかいなかった。半間が連れ歩くような女は誰ひとりとしていなかった。
「だろ?ってことはー?」
「っていう…ことは……?」
「え、修二ってば私に惚れてるんだ♡…って普通思わねえの?つーかオレが抱きたいのはオマエだけだって言ったよなァ?」
「………」
ここまで言わなきゃ分かんねえのかと言わんばかりに半間が呆れた顔で溜息をつく。の顏がじわりじわりと赤みをさしてきた。
「それに会うたびヤるって言うけどさぁ。抱きたいに決まってんだろ。初めて惚れた女をやっと取り戻したんだから」
「……修二…」
「ま…やり方は最低だったわけだし…最悪やっぱもう会わないって言われるかもなーとは思ってた。だから…オマエから話あるって言われるたび誤魔化してたのはそーいうこと」
言わせんなよ、こんなこと。かっこわりい、と半間は苦笑交じりでの額を指で小突いた。けれど重苦しかった胸の奥の痞えが取れたようで、の顏に笑顔が戻る。
「で…?誤解は解けた?」
「…う…うん」
恥ずかしそうに俯きながら、それでも笑みを浮かべて頷くを、半間はもう一度、今度はそっと抱き寄せた。頭に頬を寄せ、そこへ軽く口付ける。そのまま身を屈めて唇を重ねると、今度こそも体の力を抜いて半間に身を任せる。
「ってことで…」
「…え」
その声にパチっと目を開けた瞬間、視界がぐるりと反転し、気づけば上から見下ろしてくる半間を見上げていた。
「さっきの続き、していーい?」
「ちょ…」
ニヤリと口元に笑みを浮かべ、その手をするすると服の中へ入れて来る。しかしはその手をすぐに止めて「まだハッキリ言ってもらってない」と口を尖らせる。今の話で終わったと思っていた半間の目は当然のように不満を乗せて細められた。
「…何を?」
「だから………す…好きって言って欲しい…」
「…マジ?」
意外にも半間が困ったように眉を下げたのをは見逃さなかった。
「あ、やっぱりさっき言ったことは嘘なんだ…」
「いや、嘘じゃねえし」
「なら…言えるでしょ…好きだって」
「そりゃ……」
と言いながらも、半間はやはり困ったように頭を掻いている。しかし意を決したように半間はを見つめて「分かったよ…」と苦笑を漏らした。別に彼女が好きなことに偽りはなく。もっと言えば大事に思っている。乱暴なことをしてしまったことも今は酷く後悔するくらいに。ただ一つ困っていたのは、これまで半間は誰に対しても「好きだ」と言ったことがなかった。どんな顔で言えばいいのかさえ分からない。恥ずかしい。ただそれだけだった。けれどもその態度がからすれば不信感を募らせる原因になっているんだろうなということも分かっている。やはりここはハッキリ伝えた方がいいんだろうし、言わなければきっとは抱かせてくれないだろう。それは困ると本気で思ったのは内緒にしておこう。を見つめながら不埒な考えがチラリと過ぎったのを打ち消しながら、半間は小さく息を吐いた。
「オマエが……好きだ」
の目を見ながら、初めて女に対してその言葉を伝えた。言った瞬間、半間の顔に熱が集中し、顔の筋肉が緩むのを感じる。どうしようもなく、照れ臭い。ジワジワと熱に侵されてく顔を手で隠しながら、ふとを見れば、その大きな瞳には涙が浮かんでいた。
「な…泣くなって」
「……う、嬉し泣きだもん」
「……ハァ。んなの何回でも言ってやるから、いちいち泣くな…だりぃ」
「む…そんなポンポン言われたらありがたみがないじゃない…」
呆れ顔で溜息をつく半間の胸をが軽く叩いた。その手を掴み、ベッドに固定すると半間は「言って欲しいのか言われたくねぇのかどっちだよ」と苦笑いを浮かべる。静かな夜にふたりだけの部屋。こうなればとことん甘い時間を演出してみるのもいいかもしれない。入口を間違えたのだから始まりくらいは彼女の望むように、何度でも。
「が好きだ」
さっき以上に真剣に、その言葉が自然と零れ落ちて、こんな自分も悪くないと半間は思った。濡れた頬に口付けて、彼女の肩越しに顔を埋めると欲情とはまた別の、甘ったるい感情が胸を熱くした。