05.君の嘘には気付かないふりをしてあげる
茹だるような夏も終わり、過ごしやすくなった初秋、半間は稀咲の描いた絵の通りに抗争を仕掛け、東卍の中で稀咲の株を上げることに成功した。ついでに自分も東卍に下るフリをしてチームへ入りこむことが出来たことで、一先ずは様子見といったところだ。
この日、半間は久しぶりに自宅マンションへ帰ることにした。
「予想以上にうまくいったな。あとは稀咲の腕次第ってとこか」
マイキーの信頼を勝ち取り、右腕となり東卍を陰から少しずつ支配していく。その計画を考えるだけでワクワクして来る。
「よくやってくれた。しばらくは大人しくしてよう」
別れ際、稀咲はそう言ったあとで「久しぶりに彼女とゆっくりしたらどうだ」とまで言って来た。言われなくてもそうしたいところだ。しかし半間には少し心配なことがあった。
稀咲の後押しでかなり強引な手を使い、を取り戻したまでは良かった。後で後悔したものの、自分の中に燻っていたものを素直に認めたら凄く楽になり、彼女にも素直になれたことで今は関係も上手くいっている。だが彼女は稀咲を心底嫌っている。だからこそ稀咲の計画で動いていることを話せないまま今回の抗争を仕掛けていた。その間は色々と忙しくマンションに帰ることも出来ないまま、とは電話で時々話すくらいだった。何してるの?と訊かれても仲間と遊んでるとしか言っていない。もそれ以上、追及してくることはなかった。
「はあ…帰ったらアイツにどう説明すっかな…」
煙草をふかしながら独り言ちる。ケガのせいでバイクにも乗れずチームの下っ端に自分のマンションまで車で送らせてはいるが、途中で降ろしてもらい彼女の家まで行くべきか。そんなことを考えていると、運転手の男が「彼女さんっすか?」とニヤニヤしながら訊いて来た。
「まあ…そんなようなもん」
改めて"彼女"と言われるとやけに照れくさい。他人から言われるとリアルに感じるせいかもしれない。
「もし彼女さんの家に行くなら道を教えてくれればそっちに行きますよ」
「いや…とりまオレんちでいーや。ボロボロだし」
「あ、そうっすね!半間さんケガしてるし、それだと彼女さん心配しちゃいますよ」
下っ端の男はそう言いながら素直に半間のマンションへと向かう。半間は窓ガラスに映る自分の顔を見ながら確かに、と苦笑いを浮かべた。東卍の副総長であるドラケンと散々やりあって頬や口元は少し腫れている。追い詰めたつもりが途中で復活した時は結構驚いた。
(ドラケンのヤローどんだけタフなんだよ…)
ドラケンの攻撃をガードしまくった両腕も折れてはいないが相当なダメージが残っている。
(出来れば倒したかったけど…アイツやるのはさすがにきっついかもなァ…だりぃ…)
ドラケンの化け物じみたバトルセンスを思い出し溜息が洩れる。その時、スピードが落ちて静かに車がマンションへ横づけされた。
「着きました」
「…ああ、サンキュー。オマエも帰って休め」
「は、はい!ありがとう御座います!」
降りる際、運転してくれた男に声をかける。前の半間なら下っ端に礼や労いの言葉など一切かけなかったが、今日は気分が良かった。走り去る車を見送った後、吸っていた煙草を指で弾きながらマンションへ入って行く。
「つ…明日は全身筋肉痛だな、こりゃ」
今頃になって足や背中などが痛みだし、半間は舌打ちをした。
「になんつって誤魔化すかな…」
本当なら今すぐ会いに行きたいが、この顔じゃどう考えても「またケンカ?」と文句を言われそうだ。その流れで稀咲絡みだとバレでもしたら、また気まずい空気になるかもしれない。半間はそれが嫌だった。
「…もう寝てんだろうな」
エレベーターに乗り込み、ケータイの時計を確認する。午前1時。明日は学校もあるだろうし、とっくに夢の中だろう、と半間は電話するのをやめた。自分の部屋の階に到着し、エレベーターを降りて静かな廊下を歩いて行く。まず帰ったら傷の消毒をしてシャワーでも浴びてサッサと寝よう。そんなことを思いながら鍵を外し部屋のドアを開けた。
「……は?」
ドアを開けた瞬間、まず見えたのは女物の靴だ。それはの靴だった。半間はすぐに部屋へ入り、リビングに行った。しかし室内は電気が消されていて暗い。すぐにスイッチを手さぐりでつけると、ソファの上に可愛らしいポーチバッグだけが置いてある。それはが泊りに来る時、いつも下着などの着替えを入れてるものだ。姿はないが彼女が来ているのは間違いない。きちんとつき合いだした時、には合い鍵を渡してあるのでそれで入ったんだろう。
「ということは…」
半間は静かに歩いて行くと、寝室のドアを開けて中を覗いた。薄暗い部屋にカーテンの隙間から薄っすら月明りが差し込んでいる。その光の中に彼女の眠っている姿が見えて、半間はホっと息を吐き出した。
「ってオレんちで寝てんのかよ…」
ベッドの足元には学校用の鞄まで置いてあり、が明日ここから学校に行こうとしてることだけは確かなようだ。ふと壁を見れば制服がかけてある。
「ったく…オレがいつ帰るかも分かんねーのに…」
苦笑交じりでベッドへ近づくと、そっとの前髪を指で払う。気持ち良さそうに眠っている姿に自然と笑みがこぼれた。ついさっきまでは争いの中にいて昂っていた感情も、こうしてに触れるだけで穏やかな気持ちになるのは意外と悪くない。自分がこんな優しい感情を持てる人間なんだと、半間は初めて知った。
「ん…」
かすかに寝がえりを打ったの顏が上へ向く。月明りに見える形のいい唇が薄っすら開いたのを見て、半間は迷うことなくそこへ口付けた。こうしてに触れるのはかれこれ一か月以上ぶりだ。触れただけのキスなのに、それだけで癒される気がした。
「……ん、しゅう…じ?」
それが刺激となったのか、の目がゆっくりと開くのを見て、半間は「ただいまー」とベッド脇へしゃがんだ。
「……夢…?」
「ちげーよ」
子供のように目をこするを見て、半間は軽く吹き出した。しかし次の瞬間、両頬を掴まれグイっと顔を引き寄せられた。
「な…なに?このケガ…!」
「いて…っ乱暴に触んなって」
完全に目が覚めたが上半身を起こし、半間の顔をマジマジと見ている。薄暗い中でもハッキリ分かる頬や口元の傷に眠気も吹っ飛んだようだ。
「またケンカしたの…っ?」
「あー…まあ…」
頭を掻きつつ曖昧に頷く。は半間の様子を伺って何か言いたげに口を開きかけたが、何も言わずにベッドから下りた。
「来て」
「あ?」
「傷の消毒しなきゃ」
「ああ…」
てっきり説教でもされるもんだと思っていた半間は拍子抜けしたような返事をして、言われるがままについて行った。
「薬とかあったよね」
を拘束した時に出来た手首の傷を、半間が消毒した。それを覚えていたらしい。はリビングを見渡しながら訊いて来た。
「あーテレビ横にある棚の上の黒い箱ん中」
は半間が指した箱に気づき、それを手に戻って来た。
「座って」
どっちが部屋の主か分からない。促されるまま、半間は素直にソファへ座った。も半間の右隣へ腰をかけると、すぐに箱を開けて中から消毒液を出す。コットンなど気の利いたものはあいにくないので、はティッシュを二枚ほど取るとそこへ消毒液をたっぷりと沁み込ませた。
「痛っ…」
まずは頬の腫れた部分を消毒していく。冷たい液体を頬に感じて、半間は僅かに顔をしかめた。
「動かないで」
「…もっと優しくしてくんね?」
苦笑気味に言ってみたものの、の表情は硬いままだ。頬の消毒を終えると、今度は口元へ濡れたティッシュを押し付けられる。唇が切れているせいでピリっとした痛みが走った。
「…どうしたんだよ」
「…え?」
「いつから来てた?」
何を訊かれているのか分かったのか、は「ああ…」と視線を彷徨わせながら「昨日学校帰りに寄ったの」と応えた。
「修二、帰って来てるのかなと思って…」
「へぇ…んで様子を見に来たんだ。ああ、もしかして浮気でもしてると思った?」
どこか気まずそうに応えるの様子を見て、半間が何の気なしに言った。ふとの手が止まったことで視線を右へ向けると、その頬が僅かに赤くなっている。どうやら図星だったようだ。
「マジ…?オレがオマエ放ったらかして他の女でも連れ込んでるって?」
「べ、別にそういうわけじゃ……。はい、出来た!」
「いてっ」
最後に唇の傷へティッシュを押し付けるように力をこめられ、半間は顔をしかめた。は無言のまま消毒液を箱にしまい、元の位置へと戻している。その時に気づいた。は言った通り学校帰りに寄ったんだろう。服の着替えは持って来てなかったらしく今は半間のTシャツを一枚羽織っているだけだった。サイズが大きいせいで裾が膝上辺りまであり、こうして明るい場所で見るとかなりエロい恰好だ。はソファまで戻って来ると、再び半間の隣へ腰を下ろす。さっきより近く、ソファが沈み込むのが分かった。
「オマエ…今日泊まるつもりで来たのかよ」
「…うん」
「オレが戻ってくるかも分かんねーのに?」
「掃除しようと思っただけだし」
言われてみれば出かけた時よりリビングやキッチンが綺麗に片付けられている。
「ついでに女連れ込んでねーか調べたとか?」
冗談交じりで軽口を叩けば、はムっとしたように口を尖らせ、半間を見上げた。
「そうじゃないけど…でも一ヶ月以上も帰って来ないし何かあったのか心配くらいするでしょ?」
「電話はしょっちゅうかけてたろ」
「そうだけど…」
はそこで言葉を切った。多分、本当に心配してたんだろう。あと半分は浮気も多少程度に疑ってたかもしれない。それは絶対ないと何度も言ったのに、未だにそんな心配をしている彼女が半間の目には可愛く映った。
「…悪い。電話でも言ったけどマジで仲間とちょっとツーリング行ってただけ。行った先で土砂崩れあって帰りの道が通れなくなって足止め食ったんだよ」
実際、秋雨前線で大雨が降っている地方では土砂災害が起きている。用意しておいた言い訳で誤魔化すと、はジっと半間を見つめて来た。本当のことを言えば、また稀咲が原因で嫌な思いをさせるのは分かっているから言えない。
「そっか…無事でよかった」
納得したのか、はホっとしたように息を吐き出した。きっと稀咲と一緒にいると思ってそっちも心配してたに違いない。それは半間も分かっている。
「でも…こんなケガするほど誰とケンカしたの?」
「…帰りに地元のチームとちょっとモメたんだよ」
ドキっとしつつ応えると「へえ、地方にも修二にこんなケガさせるほど強い不良いるんだ」と少し驚いたようだった。それには半間も苦笑するしかない。こうして話しているからか、もやっと機嫌が直ったようだ。そうなると今度は別のことに気が向く。久しぶりに会えた上に、惚れた女がTシャツ一枚という格好で隣にいれば、自然とそういう欲求が出て来る。
「しゅ、修二…?」
さり気なく腰に手を回すと、僅かにの肩が跳ねた。こっちを見上げたことで、キスをするのにちょうどいい角度になっている。だが欲求のまま身を屈めての唇を塞ぐと、すぐにその身体が離れた。
「…何だよ」
「だ、だって…唇が切れてるし…痛そうだから」
「こんなの大したことねーよ」
言いながら半間がもう一度唇を寄せると、今度はも逃げずに目を瞑った。再びふたりの唇が触れ合う。本音を言えば多少、切り傷がピリピリと痛んだが、それよりも久しぶりに触れた柔らかい感触に癒される。そこからじんわりとした熱が半間の全身を巡っていった。何度も啄むと、の濡れた唇の隙間から舌の先端が覗いている。半間は躊躇なくそこへ舌先を滑り込ませると、の小さな舌をやんわりと絡めとった。
「…ん、」
ソファに押し付けるように体重を乗せながら、唇を求めあっていると、自然に次の欲求が出て来るのは仕方のないことだった。半間の手がの着ているTシャツの上をゆっくりと動いて腰から胸の膨らみまで辿り着いた。下着をつけている感触はなく、手のひらに柔らかさが直に伝わって来る。
「…ちょ…っと…」
胸を弄られ、が慌てたように唇を離す。その頬は赤く染まり、目はかすかに潤んでいる。
「何だよ…」
「ケガしてるのに…」
「久しぶりだし我慢できねーもん」
真っ赤な顔で見上げて来るの額に口付けながら半間が笑う。その間も手は胸を包むように優しく動かしている。だが腕は一番打撲がひどく、時々ズキズキと脈を打つような痛みが走り、半間が僅かに顔をしかめた。
「はー…いってぇ…」
「ど、どうしたの…?」
手の動きを止め、の首筋に顔を埋めるように身を預けて来た半間を見て、が心配そうに問いかけた。
「どこが痛いの…?」
「…あー…腕…」
「腕?」
がすぐに半間の腕を見れば、肘の裏側が赤く腫れている。反対側の腕も同様で、酷い打撲痕が痛々しい。
「何でこんなことになってるの?」
「相手の攻撃、ここで受けたからなー何度も」
人よりも動体視力がいい半間は、相手が攻撃を繰り出す瞬間を見極めた防御を得意としていた。も何度か半間がケンカをしている場面を見たことがあるので、すぐに言っている意味を理解する。
「もう…ちゃんと湿布貼らないと」
「んー…でもあとでいい…今はとしたい方が勝ってるし」
「ちょ…ダメだよ…」
再び腰を抱き寄せれば、から抗議の声が飛ぶ。
「腕、動かすだけで痛いんでしょ…?」
「じゃあがしてくれんの」
「え?…きゃ」
の身体を抱いたまま、半間が腰を前に出しながらソファへ寄り掛かった。半間の胸元へ顔から倒れ込んだが慌てて身体を起こそうとする。しかし腰に腕が巻き付き、顏しか上げられない。
「ちょっと修二…腕、痛いんでしょ?」
「だからあんま動くなって。このままジっとしてろ」
「え、ひゃ…」
半間はTシャツの裾から空いている方の手を入れるとのお尻を撫でるように指を動かし、下着の上からゆっくりと擦り始めた。の足の間に自分の膝を割り込ませて開かせると、人差し指で敏感な突起を優しく撫で、中指で閉じている部分を何度も往復させる。そのたびに胸元に押し付けられたの口から吐息のような声が洩れて来る。
「しゅ…じ…やだ…この恰好…」
「でも濡れて来た」
下着越しに弄っていると指先にぬるりとした湿り気を感じた。半間はそのまま濡れ切ったの下着の隙間に指先を滑り込ませた。の身体がピクリと跳ねる。少しずつゆっくりと挿れていく焦らすような動きに、が小さく息を吸った気配がした。
「すげー溢れて来た…」
「…や…っ」
羞恥心からの身体が僅かに固まり、半間の胸元をぎゅっと掴んで来た。それが可愛くて、腰を抱いていた腕を外し、の頭を軽く撫でてやると真っ赤な顔で半間を見上げて来る。その表情が扇情的で半間の欲が余計に煽られていく。
「気持ちいい…?」
「…ひゃ…ぁ」
中で抽送を繰り返しながら蜜に濡れた指先で敏感な突起を優しく撫でてやると、快感で身を震わせながらしがみついてくる。ツツ…っと溢れたものが太腿に垂れていくのが分かり、半間は指を引き抜いた。
「ま…待って…修二…」
「え…無理だって…」
両手を突っぱねて体を起こすを下から見上げる。頬を朱に染めて潤んだ瞳で見下ろされると、半間もそろそろ限界だった。しかしは首を振ると「ソファじゃ…」と口ごもる。その様子に言いたいことが分かった。
「んじゃあベッドでしてくれんの?」
意地悪く問いかければ、は恥ずかしそうに視線を反らしながら小さく頷いた。