07.永遠を望んだのに永訣になるなんて




それは突然だった。いや、本当はほんの少しだけ、予感があったのかもしれない。
年が明けて2006年。忙しいという理由で、半間はまたマンションにあまり帰って来なくなった。


「あら、お帰り。珍しいじゃない。アンタがこんな時間に帰って来るなんて」

が家に入ると、リビングには母親の紗子がいた。呑気にコタツへ入り、ミカンを食べている。

「そっちこそ珍しいじゃない。こんな時間に家にいるなんて。彼氏は?」

は溜息交じりでコートを脱ぐと、紗子と同じようにコタツへと入って冷えた足元を温めた。2月も終わりに近いと言うのに外は雪が降って来たのだ。

「彼は出張なの。ついでに今日は日曜日で仕事は休みー」
「ふーん…ああ、今日日曜だっけ…」
「いやだ。曜日も分かんないくらい彼氏と何してたのよ」
「…そ…そんなんじゃ…彼は…ずっと出かけてるもん」
「へえ、じゃあ放置されて暇だから帰って来たんだ」

母親に嫌なとこを指摘され、はそっぽを向いた。ここ数日、半間のマンションに行っていたのは事実だ。だが当の本人が帰って来ないのでも退屈になり一時着替えを取りに家に帰って来ただけだった。

「そう言えば学校ってどうしてんの」
「ちゃんと行ってる」
「ならいいけど」

紗子は笑いながらリモコンでテレビのチャンネルを変えた。はふと顔を上げ、母親の横顔をマジマジと眺めた。早いうちにを産んだ紗子は同級生たちの親より随分と若く、そのうえ美人だ。が知る限り付き合う男は途切れたことがない。そのせいで幼い頃はも寂しい思いをしたが、今は干渉して来ない分、気楽な親だった。男のマンションに行ったきり帰らなくても叱りもしない。に彼氏が出来たことを知った時すら「ちゃんと避妊はしてね」とがギョっとするような忠告をしてきたくらいだ。

「ああ、夕飯食べるなら何か作ろうか?」
「いい。着替え取りに来ただけだし」
「そう?泊ってったらいいのに」
「……泊まるって…家はここじゃん」
「だってアンタ彼氏の家に行ったきり正月も帰らないんだから殆ど同棲状態じゃない。卒業したらちゃんと引っ越してね。アンタの部屋、私が使うから」

笑いながら紗子は再びチャンネルを変えた。それが母親の言う言葉?とは思ったが、もそのつもりでいたのでまあいいか、と苦笑する。そのままコタツを出て自分の部屋へ向かった。一週間分くらいの着替えしか持っていなかったのでマンションから持って来たボストンバッグに少しずつ衣類を入れていく。

「どうせ今日も帰ってこないんだろうな…」

お気に入りのアクセサリー類も小分けに箱へ入れて詰め込みながら、溜息が洩れる。そもそも去年のクリスマス辺りからその兆候はあった。イヴの夜も半間が帰って来たのは午後8時を過ぎた頃で手にはクリスマスケーキの箱を持っていた。それは嬉しかったものの、こんな時間まで何してたのと尋ねると「ツレと飯食いながら悪だくみ」としか教えてくれず、誰?と聞けば「東卍の仲間だよ」と言っていた。

元々一匹狼だった半間が稀咲とつるむようになり、の知らないうちにチームの総長代理なんてものになっていたのは去年の夏だった。それ以降、何かと忙しくしていた秋には1か月以上も帰って来なかったが、その後はしばらく普通だった。しかし初冬辺りになった頃、チームが変わったのか、半間の着ていた特攻服は東京卍會と刺繍されたものに変わっていたのだ。そこから再び帰って来ない日も増え、イヴは帰って来たものの、次の日の25日は朝方まで戻って来なかった。帰って来た半間の口元には殴られたような跡があったのを見て、何をしてたのか聞いても曖昧な答えばかりで不安になったが、それでも年末はずっと一緒にいてくれたのでもそれ以上は訊かないことにした。なのに年が明け、集会に行って来ると出かけた半間が不機嫌そうに帰って来たのは次の日の朝。それ以降、また家に帰らない日が増えて行って今日に至る。

「ほんと…何してるの?修二…」

修二は稀咲と何かをやっている――。
それはも気づいていた。これまで見て見ぬふりをしてきたのは、半間と同じく稀咲の件で気まずくなりたくないからだ。しかし東卍の集会から戻ってしばらくした時、また別のチームの特攻服を手に帰って来たのを見て、は心配になった。

(もし稀咲が何かヤバいことに手を出していて、それを修二が手伝ってるなら…)

どうしても悪い方へ考えてしまう。このまま見て見ぬふりをしていても、こんな風に会えなくなる日が続くのは耐えられないと思った。

(今度帰って来たら…ちゃんと本音を伝えてみようかな…)

それでも稀咲を選ぶなら、せめて何をしているかだけでも教えて欲しい。そう思った。
不思議なことに別れると言う選択肢は浮かばない。半間が稀咲の描く未来を楽しんでいるのなら、それを共有したいとすら思った。それが例え、人の道に外れる未来であったとしても――。
この時は、その未来がまさか現実のものとして目の前に突きつけられるとは思ってもいなかった。

週明けも半間は戻って来なかったが、火曜の夜に一度電話が入った。

、何してた?』
「…お風呂入ってた」
『マジ?え、オレんち?』
「当たり前でしょ。そっちこそ今どこよ」

色々と追及したい気持ちを堪えながら訪ねると、半間は『横浜』とだけ応えた。横浜というと今、所属してるチームの本拠地だ。

「またチーム同士の抗争…?」
『まあ…そんなもんかな。悪い』
「別にいいけど…気をつけてね?ケガとか…」

やめてと言ったところで半間はやめないだろう。は出来るだけ平静を保ちながら声をかけた。

『何だよ。心配してくれてんの』
「そりゃ……ケガして帰って来たら治療すんの私だし…」
『そこかよ…』

半間は軽く吹き出して笑っている。もっと言いたいことはあったが、半間が元気な様子が伝わり、はホッとしていた。

『それより…風呂ってことは今…裸なんだ』
「…だ、だから何よ」

ここのところずっと、半間からいつ連絡が入ってもいいように、は風呂に入る時も防水カバーに入れて必ずケータイを傍に置いていた。

『なーんか想像したらエロいなーと思って♡』
「は…?何がよ…」
『今、こうして普通に話してるけどは裸なんだって想像したら勃っちまいそうだし』
「バ…バカじゃないの…っ修二のスケベ!」

カッと頬が熱くなり、は思わず大きな声を出してしまった。バスルームの中で反響し、それが電話越しで半間にも伝わったのか『マジで風呂場じゃん』と笑っている。

『じゃあ話しながらお互いひとりエッチする?』
「は…?!す、するわけないでしょっ」
『いいじゃん。何かと話してたらムラムラしてきたし…なあ、自分で胸揉んでエロい声だしてみて♡』
「だ、だからしないってばっ」
『えー…オレ、欲求不満なんだけど』

半間は子供のように言いながら『は?』と訊いて来る。その問いで耳まで熱くなってきた。そもそも湯に浸かっているので、このままだと逆上せてしまいそうだ。

「わ、私は平気だし」
『マジかよ。オレがこんなにとエッチしたいのに?』
「…そ、そういうこと言わないでよ…」

顔の熱がじわじわと全身に回っていく気がして、はドキドキしてきた胸元を手で抑えた。半間の声を聞いているだけで自然と身体が疼くのは気のせいじゃない。でもそれを口にするのは恥ずかしかった。

『ぷ…っ、今、顏赤くなってんだろ』
「な、なってない…っていうか、そっちが帰って来ないくせに欲求不満とか言われても」
『まあ…それもそうだな』

が突っ込むと、半間は苦笑したようだった。どこか外にいるのか、半間の背後からは賑やかな声が響いて来る。その声が男ばかりだということに気づき、は少しだけホっとした。散々浮気はしないと言ってくれてはいるが、こんな風に何日も帰って来ないと、どうしても頭がそっち方面へ疑ってしまう。でも言った通り、チームの仲間たちと一緒にいるようだ。

「帰って…来れないの?」

ずっと聞きたかったことを思い切って口にする。けれど半間はただ「わりぃ」としか言わなかった。

『今日明日は無理だけど…明後日には帰れるから』
「…ほんと?」
『ほんとー。帰ったらいっぱいエッチしよーな♡』
「な…何言って――」

だからオレの家で待ってろ――。
半間はそう告げると、電話は唐突に切れた。





約束の木曜日。半間が帰って来るのが何時なのか分からない為、は学校を休んで待つことにした。しかし明日会えると思うと気分が昂り、寝ようとしてもなかなか寝付けない。悶々としながらベッドの中で過ごしたは朝方やっと眠りについた。

「…ん…」

が目を覚ましたのは寝入ってから数時間後の午前8時頃だった。何か耳障りな音がする。覚醒し始めた頭でぼんやり考えながら、頭の片隅で"もしかして修二?"と思った時だった。今度はハッキリとインターフォンの音が聞こえた。

「…修二!」

ガバリと身体を起こしたは、ついその名前を口にした。しかし瞬時にそれが半間ではないと気づく。半間はこの部屋の主で鍵を持っているのだからインターフォンを鳴らす必要はない。もちろん隣を見てももぬけの殻で半間がまだ帰っていないことを示していた。の顏に落胆の色が浮かぶ。その時、再びインターフォンが鳴らされ、は無意識に時計へ視線をむけた。

「ウソ…まだ8時すぎ?誰よ、こんな時間に…」

平日の朝に尋ねて来るような友人が半間の仲間にいただろうか。は首を傾げながらも再びベッドへ寝転がった。そもそも半間はチームの抗争とやらで不在であり、その間に尋ねて来る友人もいないはずだ。そう言った関係者は半間と一緒にいる可能性が高いからだ。

(どうせ訪問販売とか、変な宗教の勧誘とかだよ…)

これまでそんな訪問者が来たことはなかったが、忘れた頃にそういうのはやって来る。
自分の家にいた頃もそうだったことを思い出し、はスルーを決め込んだ。他の用事だとしても家主が不在なら自分には分からないことかもしれないと思ったのだ。それに寝入った矢先に起こされ、酷く眠かった。はすっぽり布団をかぶって目を瞑った。
次に起きる頃にはきっと半間も帰って来る。それを期待して少しばかりの現実逃避をしたかった。だが、眠ることは叶わなかった。廊下の方から数人の足音と話し声がすることに気づいた瞬間、鍵を回す音、扉を開く気配。そしてドカドカと人の足音が室内に響いたからだ。この部屋に誰かが入って来た。それも一人や二人じゃない。

「え…誰――」

驚いて布団から顔を出した時、突然寝室のドアが勢いよく開けられた。

「おい!こっちに人がいるぞ!」

そう叫びながら寝室になだれ込んで来たのは、新宿の街で何度も見かけたことのある制服警官たちだった。






「殺人……幇助…?」

その罪名を耳にしたことはあれど、実際に殺人などという言葉を耳にすると、あまりにリアリティがなかった。
半間の仲間である稀咲が抗争相手の家族を撲殺、そして自ら所属していたチームのトップを拳銃で撃ち殺したと刑事から聞かされた時は、さすがに耳を疑った。半間はその手助けをしたことで共犯として手配されたが未だに逃亡中ということだった。

「君は何も知らなかったのかい?」
「………」

の前に座っている刑事が、穏やかな口調で訊いて来た。ここは警察署の取調室だ。半間の部屋にいたは共犯を疑われ、警官に連行された。パトカーに乗せられ連行されたことで極度の緊張、そして殺人事件という衝撃的な内容では震える手を膝の上で強く握りしめた。

「知りません…何も…何も教えてくれなかった…」

絞り出すように応えた小さな声は震えていた。顔も青ざめ、まだ現実として受け止めきれていないように見える。担当の刑事は小さく息をついた。

「君はまだ未成年だ。保護者に連絡を入れるけど…いいかい?」
「……」

刑事の問いには無言で頷いた。この様子では本当に知らないようだ、と刑事は後ろに立っている部下に軽く頷いて見せると、その男は静かに取調室を出て行った。

「半間と交際していたようだが…今回のことで彼は手配中の逃亡犯になった。すっぱり忘れて君は自分の生活を取り戻しなさい。まだ遅くはないから」

諭すように話す刑事の言葉は、の耳には届いたものの、頭には何一つ入って来なかった。半間が逃亡犯と称されたことも、には全くリアリティがない。ただ、半間とはもう会えないかもしれないという現実だけは感じていた―――。


「いいかい?もし彼から連絡が来たら、とにかく自首を進めてくれ。まあないとは思うが万が一会いに来た時は我々にすぐ連絡を」

母の紗子が迎えに来て警察署を後にする時、聴取をした刑事がに名刺を差し出した。応えることもないまま受け取ると、刑事は安心したように警察署へ戻っていく。

…帰るわよ」

紗子に促され、は再び歩き出した。今は何も考えたくなかった。

「全く…アンタ、どんな男と付き合ってたのよ…。殺人なんて、そんなヤバい男だったわけ?」

帰り道、沈黙に耐えきれなくなったのか、紗子が呆れたように口を開いた。娘に彼氏が出来たことは知っていたものの、まさか殺人事件を起こすような危ない男だとは思っていなかった。迷惑そうな顔で溜息をつかれ、はそんな母の態度に、これまで耐えて来たものが爆発しそうになった。

「…違…う」
「何が違うのよ。アンタまで共犯だと疑われてたのよ?その疑いは晴れたみたいだけど――」
「…修二は…殺してないっ!全部…全部稀咲がやったことだよ!修二はアイツに手伝わされただけだからっ」
「まだ庇うわけ?アンタを放置してたような男」
「違う…そんなんじゃないし!お母さんに修二のことアレコレ言われたくないっ!何も知らないくせに!」
「あ、…?!」

は一気に駆け出した。母の呼ぶ声を振り切り、必死に走る。聞かされた話は全て嘘だと思いたかった。

(修二は…今日帰って来るって言ってた…逃亡なんてするはずない…!)

新宿の街を必死に走りながら、は半間のマンションへ向かった。もしかしたら帰って来てるかもしれない。ケータイにかけても電源が切られている為、繋がらないという機械的な音声だけが流れる。でもは半間が自分を置いて逃げたとは信じたくなかった。

「…修…二…」

ハァハァと息を切らしながらマンション内へ駆け込む。今朝まで警官が立っていたが今は撤収しているのか、その姿はない。エレベーターに飛び乗り、部屋のある階につくとすぐに飛び出した。半間の部屋には鍵がかけられ、ドラマなどで見る黄色いテープが張られている。それを乱暴に引きちぎるとは半間にもらった合い鍵でドアを開けた。

「修二…?」

薄暗い玄関へ足を踏み入れ、靴を脱ぐと、そのままリビングへ向かう。床には警察の置いて行ったブルーシートが敷かれたままだった。それがリビングまで続いていて、閉じていたカーテンは開いたまま、オレンジ色の西日が室内を照らしていた。

「…ひどい」

警察が家宅捜査をしたようで、室内は酷く荒らされていた。キッチンの収納は全て開け放たれ、中のものが外へ出されている。リビングにある棚に乗ってた箱の中身や、ソファの上にあったのバッグでさえ中身が出され、化粧品などがテーブルの上に散乱している。寝室は更に酷い有様だった。クローゼットの中の衣類は全てがベッドの上に投げ出され、棚にあったDVDなどのパッケージも全て床に散らばっている。その光景を見た時、無性に腹が立って来た。調べた後は片付けもせず放置する。犯罪者だから何をしてもいいという警察の傲慢さが垣間見えて、悔しさで涙が溢れる。

「ふざ…けんな…っ!何がすっぱり忘れろよ…自分の生活を取り戻せ?何も知らないくせに偉そうなこと言うなっ!」

怒りのまま、床に敷いたままのブルーシートを掴むと、それを引きずってベランダに出る。そこから勢いよく放り投げた。

「…何で…何でよ…」

風に吹かれ、ふわりと浮きながら落下していくブルーシートを眺めながら、はその場にずるずると座り込んだ。今朝から今までのこと全てが悪い夢のようだ。刑事から主犯の稀咲は死んだと聞かされた。はあの男がどうなろうとどうでも良かった。半間を共犯にした稀咲は絶対に許せない。あの男さえいなければ、と半間は上手くいってたのだ。

「何で…連絡くれないの…?修二…」

警官に連行された時も、事情聴取をされた時も、解放された今も、が悲しいのは、こうなることを分かっていながら半間が連絡の一つもくれなかったことだった。

「置いて…いかないでよ…」

溢れる涙を拭きもせず、ただ嗚咽を漏らすことしか出来ない。分かりあえたと思っていたのに、半間はひとりで逃げることを選んだ。その現実が悲しかった。
その時――ケータイの着信音が聞こえて来た。小さく息を飲み、部屋の方へ振り返る。

「修二…」

よろよろと立ち上がり、はすぐにリビングへ戻ると、ソファへ置いたままのケータイを掴んだ。表示には"公衆電話"という文字。すぐに誰からなのか分かった。

「もしもし!修二っ?」
『…おー』

たった一言でも、ハッキリと半間の声が耳に届き、一瞬止まったはずの涙が一気に溢れた。

「修二…!何で…っ」
『…その様子だと…やっぱ家に警察が来たみたいだな…』
「け、今朝…いきなり来た…ビックリしたんだから!」

心に溜まったものを吐き出すように叫ぶ。半間は少しの沈黙のあと『悪かったな…』と呟いた。

『なら…事情は聞いたか?』
「…私も…共犯だと思われたよ…」
『ぶはは…マジで?』
「笑い事じゃないでしょ?何やってんのよ!」
『はぁ…相変わらずキャンキャンうるせー…』

半間は軽く笑ったようだった。しかし、その声にいつもの元気はない。

『こうして電話に出られるってことは…オマエの疑いは晴れたんだろ?』
「…うん…だって…何も知らなかったもん」
『言わなくて正解だったろ?』
「修二…!私は――」

言って欲しかった――。そう言いそうになり、は言葉を飲み込んだ。今更言っても仕方ない。特に稀咲のことを半間が話さなくなった原因は自分にある。自分が半間に嘘をつかせたようなものだ。が黙ると、半間は溜息をついたようだった。

『つーことで…今日、帰れなくなった』
「…うん…」
『まあ…こうなっちまったもんは仕方ねーな…』
「ど…どうするの…?これから…まだ逃げる気?」
『捕まる気はねえし、自首する気もねえよ』

分かっていた。半間がそういう決断をするということを。なら、の出す答えも一つだ。

「修二…今どこ…?」
『……教えねーよ』
「ど、どうしてよ!私、そこに行くから教えて!」
『ハァ?オマエ、オレと逃げる気か』
「当たり前でしょ?だってそうしないと…」

二度と会えない気がする――。ケータイを持つ手に自然と力が入った。

『オマエまで逃亡犯になんぞ。せっかく無罪放免になったのにバカじゃねえの』
「そんなのどうでもいい!ねえ、教えて。今どこ?」
『………』

半間は応えなかった。代わりに呆れたような溜息が通話口から聞こえる。

『ついて来られても困るんだよ…』
「修二…?」
『オマエ絶対サツに目ぇつけられてるだろーし、ぶっちゃけ邪魔にしかならねぇわ』
「…何で…そんなこと言うの…?私は…逃亡犯でも何でも修二と一緒にいたい――」
『あーそういうの、もういいから』

不意に素っ気ない口調で言われ、は言葉を失った。

『オマエの人生背負うとか、オレには重すぎ。まあ…身体の相性がいいから今まで傍に置いてたけど…こうなったら傍にいられても足手まといなんだよ。分かるだろ?』
「…足手まといって…嘘だよね…修二、だって私のこと…」
『だーから、好きとか言っとけばオマエ、すぐヤらせてくれんじゃん。だから言ってただけ。だいたい気づかねえ?本気だったらレイプも放置もしねえだろ、フツー』
「……何…それ…」

思いもよらない半間の態度に、は混乱してきた。一緒に行くと言えば、半間は絶対に連れて行ってくれると、そう根拠もなく信じていたのだ。

『まあ…には悪いけど…最低な男に引っかかった事故だと思って、オマエは新しい男でも見つけろよ』

半間が自嘲気味に笑う。この空気はイヤでも分かる。別れの予感にの心臓が大きく鳴った。

「何よ、それ…私は修二のこと――」
『つーことで、オレから連絡あったことはサツには言うなよ?じゃあ…元気でな』
「待って、修二――!」

ブツっという音と共に通信が途絶える。それでもは半間の名前を呼び続けた。
何で?という言葉だけが頭の中を延々と回っている。どれだけ呼んでも返って来ない声は、ふたりの終わりを告げる静寂だった。