02.青天の霹靂


一度送った相手に、今度は俺が送ると言われ、驚きはしたものの。
夜道は怖いと思っていたからも本当は少し嬉しかった。
ただ、隣駅、改札口、最寄りの駅、改札口。
何度となく「ここでいい」「いや、もう少し」というやり取りを繰り返し、結果的にはの自宅マンションまで送ってくれた。

雨の日に出逢った金髪の男の子。
最初はちょっと怖いと思ったけど、話してみると全然そんな事はなく。
見た目よりもはるかに優しく、笑顔の可愛い人だと思った―――。

それからはが祖母の家に寄った帰り、あの公園で万次郎と会うのが日課になった。
何をするでもなく、ただ他愛もない話をしながらブランコに乗ったり、雨の日は会った時と同じように"ゾウさん"の中で雨宿りをしたり。
きちんと約束をした事はないが、祖母の家からの帰り道にあるあの公園の前を通ると、つい万次郎を探している自分に気づいた。
いない時は少し待ってみたり、会えなかった日は何となくガッカリしたり。
名前しか知らない男の子なのに、気づけば万次郎の事を考えている。

「それって好きって事じゃない?」

家に遊びに来た幼馴染の愛子に何となく万次郎の事を話した時、あっさりそう言われては頬が赤くなった。

「好き…?」
「会ってない時も気づけば考えてたり、会えなかったら寂しくなったりするって事でしょ?好きじゃなかったら何なのよって話」

愛子はあっけらかんとした顔で言うと「コーラもらうねー」と冷蔵庫から勝手に飲み物を出している。
隣に住んでいる愛子は、勝手知ったるは何とやらで、いつも我が家のようにの家へ遊びに来てはこんな調子だ。

「しっかし優等生のが、そんな不良を好きになるとはねー。オジサン発狂しそー」

コーラのプルタブを開けながら、愛子はシミジミとしたように言いながら、ソファへ座った。
もコーラを出して同じようにソファへ座ると、「不良だなんて言ってないでしょ」と唇を尖らせる。

「ただ金髪ってだけで―――」
「フツーの男の子が金髪にする?」
「そ、それは……。で、でも眼鏡も弁償してくれたし不良がそこまでしてくれるのかな」
「まあ…そりゃそうだけど。どーせ下心があるのよ」
「し、下心?」
「だっては眼鏡してなきゃ、かなりイケてるじゃん。サッサとコンタクトにしたらいーのに」

愛子はそう言いながら、のかけている眼鏡を奪う。
それは新しく買い替えたものだ。

「ちょ、ちょっと愛子…返してよ」
「これがソイツに弁償してもらった眼鏡かー。うわ、キツ!」

愛子は勝手に眼鏡をかけて顔を顰めている。
小さな頃から勉強勉強で、視力をやられたは眼鏡がないと視界がボヤけてしまうくらいに目が悪かった。

「ま、あれだけ厳しく勉強ばかりさせられてたら目も悪くなるよね。ウチみたいに放任主義なら良かったのにねー」
「…お父さんは自分が優秀だからって娘の私に期待しすぎなのよ」
「まあ、おばさんも亡くなって自分がきちんと育てなきゃって思ってるんだろうね」

母親はが小学校に入った時に病気で亡くなっている。
なので父親はシングルファーザーとしてを育てていたが、去年から海外赴任でアメリカに行っている為、は一人暮らしをするはめになった。

「私は…そこまでしていい大学に入りたいなんて思ってないけど…」
も好きにすればいいのに。ずーっと勉強ばっかしてたんじゃもったいないよ」
「うん…」

愛子の言いたい事も分かるが、父親に期待されてると思うと、つい頑張ってしまう。
それが息苦しいと感じていても、急に変わる事は出来ない。

「でもその金髪の彼と知り合って、いいキッカケになるかもね」
「え?」

ふと愛子が意味深な笑みを浮かべてを見た。

「だって、最近楽しそうだったもん」
「た、楽しいって言うか…彼は何か…ほんわかしてて一緒にいると落ち着くの」
「ほんわかした不良なんているー?」
「だから金髪ってだけで何で不良って決めつけるのよ。親が美容師とかかもしれないじゃない」
「はいはい。まあ、でももし本当に不良だったら、あまり深入りしない方がいいよ?」
「…深入りって…たまに公園で会って話してるだけだよ?」
「今はそうかもしれないけど、そのうち変なとこに連れ込まれて押し倒されちゃうかもしれないでしょ?だから警戒だけはしときなって」
「お、押し倒されるなんてあるわけないでしょっ?」
「うわ、真っ赤!何想像してんのよー。このスケベ!」
「し、してないってばっ」

は耳まで熱くなったが、愛子は楽しげに笑うばかりだ。
家が隣という事で幼少の頃からの付き合いだが、愛子の家はとは違い、そこまで厳しくもない。
それゆえなのか、愛子も中学に上がった頃から少しずつ派手になり、お洒落が好きな今時の女の子だった。
性格もとは真逆で活発な為、学校で一緒にいる事は殆どない。
だが一度家に帰ってくれば、愛子はにとって唯一本音を話せる幼馴染だった。

「で、明日も行くんだ。おばあちゃんち」
「だって心配だし…。足を怪我したから一人じゃ歩けないし、お風呂とかご飯とか私がお世話しないと」
「ふーん。で、帰りはその公園に寄るんだ」
「よ…寄るっていうか…帰り道だし…」

と言いながら、すっかり日の落ちた窓の外を見る。
今もしとしと雨は降っていて止む気配はない。
今日は万次郎がいなかった事で真っすぐ帰宅したが、あの後に来てないよね、と少しだけ心配になった。

(明日は…会えるかな…)

次第に強まる雨を眺めながら、会えたらいいな、とは思っていた。









最近、マイキーの様子がおかしい―――。
そう思っていたのは東卍の副総長を務める男、龍宮寺堅、通称ドラケンだ。
毎日のようにつるんではいるものの、決まった時間になると気づけば万次郎がいない。
そして二時間ほどで戻ってくるのだが、その日によって無駄に元気だったり、無駄に元気がなかったり、する。
どこへ行ってた、と聞いても、万次郎は「腹が減ったからコンビニ」だの「バブにガソリン入れて来た」だのと言い訳をするのだが、そんなものに二時間はかからない。
これまでこんな事はなかったので、その状態が二週間も続くと、さすがに気になって来た。
そこでドラケンは万次郎がどこに行っているのか、遂に調べる決心をした。

「は?マイキーを尾行?」
「ああ。今日も多分、いなくなる。だからその時にな」
「マジで?つーか、それ見つかったらマイキー発狂すんじゃねーの?見つかりたくないからコソコソしてんだろーし」

東卍の弐番隊隊長を務める三ツ谷は徐に顔を顰めた。
ドラケンと万次郎にケンカをされると、とばっちりを食うのは自分達なので、触らぬマイキーに祟りなし、と思っている。
だいたい表立って万次郎と下らないケンカを始めるのはドラケンだけなのだ。
だがそんな三ツ谷の心配をよそに、ドラケンは尾行する気満々だった。

「見つからなきゃいーだけだろ」
「………(いや、オマエ、そんなデカい図体で見つからない自信あんのがすげーよ…)」

と内心思ったが、そこは敢えて言わないでおく。
それに正直、三ツ谷も万次郎がどこへ行ってるのかは気になっていた。

「お、やっぱ行く気だな」

それまでゲームに夢中だったが、数分前からソワソワしだした万次郎に気づき、ドラケンはニヤリと笑った。
万次郎はドラケンと三ツ谷の方へ視線を向けたが、二人はそっぽを向き、気づいていないフリをする。
すると万次郎はゲーセンの奥のトイレへ歩いて行った。

「あ、動いたぞ。んじゃ今夜の集会、三ツ谷は場地と先に行っててくれ」
「おけ。まあ、せいぜい気を付けて」

三ツ谷の声を背に、ドラケンはケータイで時間を確認しながら、万次郎の後を追い、ゲーセンのトイレへと向かう。
ここのトイレは奥にあるせいで抜け道などないが、前に万次郎は窓から出て行ったのは確認済みだ。
ドラケンはトイレのドアを開けてみたが、やはり来たはずの万次郎の姿はない。
代わりに窓の鍵が開いていた。

「やっぱここから出たか…」

ドラケンは窓を開けると、その大きな身体を屈めて外へと出る。
そこは狭い路地になっているが、万次郎がどちらへ行ったか分からず、ドラケンは辺りを見渡した。

「どっちだ?商店街の方か…それとも住宅街の方か…」

この場所は万次郎の家の最寄りの駅で、商店街の方へ行けばゲーセンの前へ。
だが住宅街の方へ行けば万次郎の家があった。

「抜け出したのに俺らに見つかる危険を冒してゲーセン前の商店街には行かねーよな…」

ドラケンはすぐに住宅街の方へ歩き出した。
万次郎が自宅へ戻る為にコソコソ出て行ったわけはない、とは思うが、ここは自分の勘に頼るしかない。
そしてその勘は当たっていた。
少し歩いて行くと、前方にチラチラと万次郎の金髪が見える。

「お、いたいた」

やはり自宅方面へ歩いている万次郎を見つけ、ドラケンはバレないよう少し距離を空けて慎重に尾行していく。
連日降っていた雨も今朝には上がり、今は綺麗な夕日が辺りを照らしている。
そんな中、万次郎はどこか浮かれた様子で足取りも軽い。
その姿を見ながら、ドラケンは首を傾げた。
あれじゃまるでデートに向かって急いでいる男子学生だ。

(いや、まさか、な。マイキーに限って女なんて事は…)

仲間内の中でも、万次郎は他の皆に比べてそれほど女に興味を示した事はない。
どっちかと言えば、まだまだガキで、女の裸よりも甘いものにときめくような奴だ。
以前、ドラケンが住んでいる風俗店の風俗嬢に「可愛い」と気に入られ、興味本位で何度かサービスしてもらった事もあるのだが、万次郎はそこまでハマる事もなく、しまいには「飽きた」と言って、誘われても断っているくらいだ。
その淡泊中の淡泊な万次郎が仲間に隠れてコソコソ女に会いに行ってる、なんて、ドラケンからすれば青天の霹靂。
だから、それだけは絶対にない、と思っていた。その光景を見るまでは―――。

「あ、!」

ドラケンがあれこれ考えていると、不意に万次郎の声がした。
そこでハッと我に返り、電柱に隠れると――はみだしてはいるが――前を歩いていた万次郎が誰かに手を振り、近所の公園へと入っていくのが見えた。

(いや、今…マイキーのやつ、…って言ったか?それって女の名前じゃね?)

そこに思い至ると、ドラケンは恐々電柱の陰から顔を出した。
万次郎は誰かに話しかけているようだが、その相手と言うのがちょうど遊具で見えない状態。
随分と小柄な相手、というのが分かる。
そしてドラケンは自分の心臓が次第に速くなっていくのが分かった。

(オイオイオイ…嘘だろ…?一番ないはずじゃねーか、それが!)

万次郎が何かを話しているが内容までは聞こえない。
が、笑い声だけは分かる。
万次郎の声に交じり、女の笑い声がドラケンの耳にまで届いたからだ。

「…マジか」

まさに青天の霹靂状態に、ドラケンは心の底から驚いた。
あの万次郎が自分達に内緒で、女と密会している。
こんな日が来るとは、ドラケンでも夢にも思っていなかった。

「…マイキーのヤツ、いつの間に…」

こうなってくると相手の子を確かめたい。
ドラケンはバレないよう身を屈めながら、二人のいる公園へコッソリ近づいて行った。
運の良い事に、公園の周りは植え込みで囲まれている。
屈んで行けばベンチに座っている二人の視界には入らない、とドラケンは大きな身体を低く屈めてゆっくりと近づいて行く。
すると二人の会話がハッキリとドラケンの耳にも届いた。

「うま!これ、マジでが作ったの?」
「うん。前に話したけど今は一人暮らしみたいなものだから自分で作らないといけないし」
「あーそっか。父ちゃん海外赴任中だっけ。でもマジで、料理上手いね。この前のカップケーキも最高だったし」
「あれ簡単だから、また作って来るね」
「え、いいの?やり」

その、まるで付き合い始めのカップルのような会話に、ドラケンは軽い眩暈がした。
あの万次郎が女に餌付けされている。
東卍の総長ともあろう無敵のマイキーが、女に餌付け。
その言葉がドラケンの脳内でリピートされる。
が、そこで一つの可能性が浮かんだ。

(いや、でもこれだと女に興味が出た、というよりは、彼女の作る飯目当てって事もありえる…)

ドラケンはそう思い直し、とりあえずどんな女か確認しようと、植え込みから少しだけ顔を出してみた。
ちょうど二人はドラケンに背を向けて座っている状態で、万次郎の手には何やら弁当箱らしきものが見える。
そして隣に座る黒髪の少女へ視線を向けると、どうにか横顔を見る事に成功した。

(と言っても…眼鏡で顔がよく見えねーな…。ってか思い切り普通の…いやそれ以上に地味じゃね?)

てっきり普段近寄って来るようなヤンキー娘かと思っていたが、今そこで万次郎が笑顔を向けている少女はごくごく普通の、いやそれ以上にまともな優等生といった風貌だ。
そんな女の子が東卍の総長と公園で仲良く談笑してるのは、さすがのドラケンでも意味が分からない光景だった。
だが二人は延々仲良くお喋りをしながら笑いあっている。
しかも話の内容はテレビのニュースの話題だったり、映画の話だったりと何とも平和な世界線だ。
普段、どこぞのグループがケンカを売って来た、だの、アイツ殺っちまうか、といった物騒な話をしている万次郎とは思えない程に、平和すぎる。

(嘘だろ…これ本気で付き合ってたり…しねぇよな…)

延々二人の可愛らしい会話を聞いてると、ドラケンもだんだん万次郎が単に餌付けされてるだけじゃない気がしてきて、変な汗が出て来た。
が、気づけば時間が経っていたのか、不意に少女の方が立ち上がった。

「じゃあ、そろそろ帰るね」
「あ、家まで送る」

それは二人にとっていつもの事なのか、万次郎は当然といったように彼女へついていく。
そこでドラケンは見つからないよう、植え込みを利用して隠れながら、駅の方へ歩いて行く二人を見送った。
つもりだった。
やはり見られている、という視線を感じたのか、不意に万次郎がドラケンのいる方へ振り返った。
そしてその結果、バッチリと目が合う二人。

「………っ?!」
「……(やべ!)」

ドラケンも驚いたのだが、明かに万次郎の方が驚いた顔をしている。
目を飛び出さんばかりの驚愕した表情でドラケンを見ながら、その顔が次第に真っ赤に染まっていく。

「佐野くん?どうしたの?」
「えっ?あ!いや!何でもない…早く行こうぜ!」

万次郎の様子がおかしい事に気づいた彼女が不意に足を止めたのを見て、万次郎は慌てたように少女の手を引いて駅方面へと歩き出す。
それを今度こそ見送りながら、ドラケンは深い溜息をついた。

「…何だよ、アイツのあの顔…。マジって事か?」

ドラケンに知られたと察した時点で赤面した万次郎を見る限り、今の子は単なるご飯をくれる相手ではないように見えた。
しかも一見すると自分達とは縁遠いタイプという事もあり、全てにおいて信じられない。

「とりあえず…俺も戻るか…」

見つかってしまったものは仕方ない。
手っ取り早く事情を聞けるならやむなしといったところだ。
それにあの様子では万次郎もいつものようにブチ切れてくるとも思えなかった。

「ま、集会後にでも訊いてみるか」

ガシガシと頭をかきつつ、たった二時間で色々と心臓に負担がかかったな、と溜息をつきながら駅へと向かう。
そんなこんなで、ドラケンの初めての尾行は終了した。