04.僕だけに




"さん。俺と、付き合ってくれませんか"

真剣な顔でそう言ってくれた万次郎に、は泣きそうになった―――。


あれから二日。結局、は未だ万次郎に返事をしていない。
突然の告白はにとっても初めての経験で。
どう応えていいのか困っていると、万次郎は慌てたように「返事は今すぐじゃなくてもいいし!」と言ってきた。
ついでにチンピラから突き飛ばされ転んだ時に腰をしたたか打っていたようで、痛がるを万次郎はおぶって家まで送ってくれた。

「ケーキはまた今度ね」

そう言って照れ臭そうに微笑む万次郎に、も素直に頷いた。
ただ腰を痛めた事で学校にも行けず、祖母の家にも行けなかった事で、あの公園にも行けていない。
万次郎からも電話やメールは来なかったし、も出来なかった。

(冗談…だったのかな…)

万次郎から好きだと言われた時、戸惑いはしたが凄く嬉しかった。
でも日が経つにつれ、だんだん"まさか"という気がしてくる。
生まれてこの方、は一度も男の子から告白された事もなければ付き合った事もない。
ひたすら勉強をして地味に生きて来た類の人間だ。
なのに、万次郎のような自分とは真逆の、それもいわゆるイケメンな男の子から告白されるなんて、あり得ない気がしてくるのだ。
確かに公園で何度も会ってはいたが、それは帰り道に偶然顔を合わせる事が多かったからで、特別に約束をしたわけでもない。
話す内容もほんとに他愛もない事で、友達、と呼ぶにはあまりに曖昧で不確かな関係だった。
なのに突然の告白。からかわれてるのかな、と、つい思ってしまう。

「はあ…」

ケータイを眺めては溜息をつく。この二日、この繰り返しだった。

「まーた溜息ついてる」
「…え?」

その声に顔を上げると、祖母が本から目を離し、を見て苦笑いを浮かべていた。
腰の痛みもだいぶ引いて、今日は二日ぶりに祖母の家へ来ている。

「た、溜息…ついてた?」
「ええ。ケータイに穴が空くんじゃないかってくらい見つめながらね」

そう言って笑う祖母、雪子の言葉に、は顔が赤くなった。

「そんなに気になるなら電話かけりゃいーのに。どーせ"公園のイケメンくん"の事でしょ?」
「ち、違うよ…。そんなんじゃないから」

雪子には万次郎との事は全て話してある。
母が亡くなって以来、雪子はにとって母親代わりで何でも相談できる相手だった。

「全く素直じゃないねぇ、今時の子のクセして。私がくらいの歳の頃にはもっと積極的だったもんだけどねえ」
「えっ。おばあちゃんが?」
「何よ。意外って顔だね。私はこれでも若い頃はモテモテだったんだから」

雪子はそんな事を言いながらケラケラ笑っている。
だがモテた、というのはも分かる気がした。
今では60代だが、色白でクッキリとした目鼻立ちをしている雪子は今でも美人だと思う。

「で、決めたの?」
「え?」
「そのイケメンくんから告白されたんだろ?返事は決まったの?」
「それは…」
「っていうかもその子のこと好きなんでしょ?何を迷う必要があるの」
「………」
「まだ、からかわれてるかも、なんて悩んでるの?」
「だって…」

困ったように俯くに、雪子は溜息をついた。
が自分に自信がないのは雪子も知っている。

「ったくバカ息子のせいね。勉強ばかりさせて他の事をあまりさせなかったから」
「そんな事はないけど…」
「いーや、はもっと勉強以外の事にも目を向けるべきよ。くらいの年頃なら恋をするのも大事なの。心を養えるからね」
「そうなの…?」
「そうよ。誰かを恋しいと思う気持ちは心を豊かにするの。色んな感情が出るし自分のいい面も悪い面もさらけ出される」
「悪い面も…出ちゃうんだ」
「そりゃー恋愛は単純にはいかないから。好きだからこそ我がままになったり、嫉妬したりもする。そんな自分に嫌気がさすことも」

だけどそういった感情を積み重ねていくうちに人は大人になれるのよ、と雪子は笑った。

「好きな相手を幸せにしたい、と思えれば一番いいんだけどね。幸せにして欲しい、と相手に多くを望むより、は大切な人を自分から大事にしなさい」

それは雪子がにいつも言ってる言葉だ。
他人に優しい祖母らしい言葉だ、とは思った。
なのに、世の中にはこんなに優しい人を平気で傷つける人がいる。
そもそも雪子が足を怪我したのも、そういう心ない人間のせいだった。
今月初め、その日は雪子と一緒に外食をする為、二人で駅前まで出かけて来た。
が、道端でたむろしながら煙草を吸い、ポイ捨てした不良達を見た雪子がそれを注意した。
その不良達は逆切れし、あろう事か雪子を車道に突き飛ばし、そこへ走って来た車にぶつかったせいで、足を骨折。
一週間ほど入院するはめになったのだ。今は自宅で療養中だが、歳のせいもあり、なかなか治りも遅いようだった。
雪子を突き飛ばした不良達はその場から逃げ、未だに捕まってはいない。
でもはしっかり人相は覚えていて、警察の似顔絵捜査にも協力した。

「多分、こいつらはこの辺を仕切ってる暴走族グループのメンバーだね。ここらのグループは一般人に手を出さないのが多いんだけど、たまにいるんだよ、外れた奴らが」

警察の人がそう言っていた。
暴走族、と聞いては驚いたのと同時に、雪子がこれくらいのケガで済んで良かった、と思う。
仲間とつるんで好きなバイクを乗り回してるくらいなら全然いい。
だが抵抗も出来ない弱い相手に暴力を振るうのは許せない。
渋谷でお年寄りを突き飛ばし、治療費まで巻き上げようとしていた男達を見て、がカッとなったのは祖母の件があったからでもある。

「ああ、もうこんな時間だ。そろそろ行かなくていいの?」
「え?あ、ほんとだ」

時計を見れば午後6時になろうとしている。

「公園でイケメンくんが待ってるんじゃないの?」
「さ、さあ…。あれから何も連絡ないし」
「そりゃそーだろうね」
「え…?」

雪子は当たり前だと言わんばかりに笑うと、

「返事ももらえてないのに告白した方が自分から連絡してくるはずないでしょ。返事の催促してるみたいに思われる」
「あ…」

雪子に言われて初めてそこに気づく。
言われてみれば確かにそうだ。

「きっと今頃ヤキモキしながら連絡来るのを待ってるんじゃない?」
「そ…そうなのかな…」

未だ万次郎が本気なのかすら分からず、は手にしたケータイを眺めた。
すると雪子は「こっちにおいで」と呼び、傍に来たの頬へ手を添える。

「アンタは綺麗よ、。もっと自信持ちなさい」
「おばあちゃん…」
「まだからかわれたなんて分からないでしょ。だったら自分に素直になって相手と向き合いなさい。せっかく向こうが気持ちを伝えてくれたのに、アンタはそれを無下にするの?」

雪子の言葉にはハッとしたように顔を上げた。
返事の事ばかりに気を取られていたが、万次郎がハッキリ好きだと言ってくれた時の事を思い出す。
少なくとも、あの時の万次郎は真剣な顔だった。
嘘をついている目じゃなかった。
はそれを思い出すと、優しい目で自分を見つめている雪子に微笑んだ。

「おばあちゃん…私、行って来る。それで…ちゃんと私も伝えて来る」

雪子も微笑み返すと、の頬を軽く撫でた。

「行ってきます」
「行ってらっしゃい。ま、可愛い孫をほんとにからかっただけの悪い男だったら、私がぶっ飛ばしてやるから」

雪子は豪快に笑うと、明るくを送り出してくれた。








今日も東卍内は不穏な空気に包まれていた。
それは総長である万次郎の様子がとてつもなくおかしかったからだ。
普段は美味しい物を食べていれば機嫌がよく、食後に寝落ちするにのも通常通り。
時には昔馴染みの幹部連中とバカを言い合っては笑いあい、時には下らない事でケンカもする。それが日常だった。

だがこの二日、万次郎は食事をしてても気は漫ろ、食べ終わっても寝ることなく。
いつものようにパーちんがちょっかいかけても上の空、場地がからかっても怒りもしない。
ただその間、延々とケータイを見つめては深い深い溜息をつくだけだ。
この日も、ファミレスで軽く食べた後、普段遊んでいるゲーセンにやってきた場地とパーちんは、ゲーム台の前に座りながらケータイを眺めている万次郎を見ながら首を傾げた。

「おい、場地。マイキーどうしたの?」
「知らね。何か最近、様子がおかしいんだよなぁ。パーちんも知らねーの?」
「ああ。ドラケンと三ツ谷は何か事情知ってるっぽいんだけど、まだ言えねーとか言って話そうとしねーんだよ」
「つーか、マイキーってあんなにケータイに依存するタイプだっけ」
「いや…そーでもなかったよーな…」
「あれじゃ片思い中の童貞くんじゃね?まあマイキーに限って女からの連絡を待ってる、なんて絶対ねーだろーけど」
「ぶはは!そりゃそーだ。あのマイキーだぞ?」

場地の言葉にパーちんがゲラゲラ笑いだす。
が、ふと思い出したように「つか、マイキー童貞じゃねーだろ」とニヤケ顔で言った。
それには場地も「ああ、そうか」と苦笑すると、

「でもあれだろ?新人だった風俗嬢に気に入られて何度かヤっちまったってだけだろ。あの店、本番禁止なのに」
「そーそー。しかもその理由が四十八手を試してみたかったってんだからウケたわ。マイキーらしいっつーか」
「で、途中で飽きたつって、その後は誘われてもスルーしてたしな。アレって飽きるもんなの?飽きねーだろ、男なら」
「そりゃマイキーだからな。その後はどんなエロい動画見せても顔色変えないし勃ちもしないし何の病気かと心配したわ」

パーちんは笑いながら未だケータイを眺めている万次郎を見た。
が、さっきまでいたはずの万次郎がいない。

「あれ?マイキーのヤツ、どこに―――――」
「誰が……病気だって?」
「…うがっ」

不意に背後から冷んやりした声が聞こえて、パーちんの顏からサーっと血の気が引いた。
恐る恐る肩越しに振り返れば、そこには目が恐ろしいほどに座った万次郎が立っている。

「マ…マイキー」
「俺の下半身ネタで盛り上がってんじゃん」
「い、いや別に、そこまで盛り上がっては……」

と視線を泳がせたパーちんは、すぐ傍にいたはずの場地が早々に消えている事に気づき、心の中で"裏切者ー!"と叫んだ。
そして同時に後頭部をグーで殴られる。小柄なクセに万次郎の一発は重く、何気にめちゃくちゃ痛い。

「な、何も殴ることねーじゃん…」
「八つ当たり」
「…何の?!」

涙目で頭を擦りながら、パーちんは理不尽すぎる、と心の中で嘆く。
だが万次郎は未だ不機嫌そうな顔で、目を細めると、

「言っておくけど俺、病気じゃねーから」
「…は?」
「毎朝フツーに勃ってるし」
「あ……そう(そこ気にしてたんか)」
「興味ない女のエロ動画見ても面白くもなんともないだけだし」
「えぇ……?(フツー男なら興味あるだろーよ)」

いつになくムキになる万次郎にパーちんは首を傾げたが、当の本人は再びケータイへ目を戻すと「あ、やべ」と小さく呟いた。

「え、マイキーどこ行くんだよ」

もっと殴られるかと思っていたパーちんは、急にゲーセンを出て行こうとする万次郎を追いかけた。

「これからドラケンと三ツ谷も来るし、カラオケ行こうって言ってたろ」
「そーだっけ?じゃあ先行ってて。俺、家寄ってから行くから」
「家ぇ?何しに」
「……いーだろ。別に。ちょっと用事があんだよ……エマに」
「エマちゃん?エマちゃんなら電話で呼べばよくね?カラオケ誘やいーじゃん」
「……いーよ。アイツ来たらうるさいし」

万次郎はそれだけ言うとゲーセン横の脇道へ入り、本当に家の方へ向かって歩いて行ってしまった。
その様子に首を傾げたパーちんだったが、とりあえず逃げた場地を探そうとゲーセン内へ戻って行く。
一方、万次郎は後ろを振り返り、後をつけられていない事を確認してホっと息を吐き出した。
初めての告白をした日から二日。
一向にならないケータイに痺れを切らし、万次郎はあの公園に向かっていた。
電話じゃなく、直接返事をくれるかもしれない、と一昨日も昨日も公園で待ってみたものの、は現れず。
今日もいなければ夜にでも電話をしてみよう、とすら思っていた。
返事は今すぐじゃなくていい、とは言ったが、元々万次郎は気が長い方でもない。
あの場の勢いで告白をしてしまったとはいえ、こうしてからの連絡を待っている時間は、万次郎にとって死刑宣告を待っているような気分になるのだ。
こういう時、人は待てば待つほど悪い方向にしか考えられなくなる。
今の万次郎もまさにそれで、何ならいっその事、死刑られた方がマシ、とまで思えて来た。
だが、もしそうなった場合、どこにチームを潰八つ当たりしに行こうか、と黒い考えが浮かぶ。
そんな恐ろしい事を考えていると、公園が見えて来た。
そして公園のベンチにいる人物を見た瞬間、それまでのどす黒い感情が綺麗に消えていく。

…!」

気づけば万次郎は走り出していた。













ドラケンは初めて万次郎を見た時の。場地は中学を留年した時、初めて母親の涙を見た時の。
三ツ谷は初めて自分の手で特攻服を作り上げた時の。パーちんは……
アソコの毛が生えて来たのを初めて見た時の衝撃を思い出し。(?)
その四人の記憶の中に、今日新たな"初めて"が加わった。

"あの天上天下唯我独尊+@淡泊男マイキーに初めての(地味な)彼女が出来た――――!"

そう叫びだしたいほど四人は今、目の前の光景に衝撃を受けていた。

「あ、、これ食べる?それともこれ?あ!いっそ、デザート全部頼んじゃう?」
「そ…そんなに食べられないよ…。あ、あと佐野くん、腕を……」
「ん?腕?」
「そ、その…少し…ち、近いから……」
「え、でも俺、とくっつきたい」
「…ぇ…っ」
「あれ…、顏真っ赤……ちょー可愛い ♡」
「………!」

万次郎の一言で耳まで赤くなったは、頭から湯気が出てるんじゃないかと心配になった。
とにかく、これまで生きて来た中で一番と言っていいほど居心地が悪い。
小学生の頃、給食に出たパンを食べようと意外に頑固な袋を開けるのに力みすぎて、勢いよく破れた袋からパンが飛び出し宙を舞って床に落っこちた時よりも、
制服のスカートのファスナーが全開で、よりにもよってオジサンにそれを指摘された時よりも、
回転扉を出そこねて、延々回っていた時よりも、乗り換えるというのを忘れて山手線を二週してしまった時よりも、今が一番、恥ずかしかった。

あの公園にやって来た万次郎に、人生最大の勇気を振り絞り「私も佐野くんが好きです」と返事をしたまでは良かった。
真っ青だった万次郎の顏が一気に赤みを帯び、満面の笑みを見せてくれた時までは。
ああ、からかわれたわけじゃなかったんだ、とがホっとしたのもつかの間。
友達がカラオケ店で待ってるからを紹介したい、と言われ、いきなり友達を紹介されるのかと驚いたが、あまりに嬉しそうな万次郎を見ていると「NO」とは言えず、こうして一緒に来てしまった。
だが、先ほどから肩に腕を回され、万次郎の方へ抱き寄せられている状態で、なおかつ目の前には初めて会う男の子が四人。(※やはり派手+ちょっと怖い)
明らかに自分と万次郎を見て唖然とした顔の彼らを目の前にしていれば、も赤面どころの話ではなかった。

「ねー。一緒にパフェ食べない?ここのやつキングサイズだから半分こしよ」
「……う、うん」

万次郎は特に気にしていないらしく、機嫌が良さそうにニコニコしながらを見ていた。
ここにいる四人は古い友達だと言っていたから気心が知れているのか、完全に誰もいないかのような空気を出している。
そして目の前の四人は少し気分も落ち着いて来たのか、半ば呆れたようにコソコソと話し出した。

「おい…誰だよ?マイキーが淡泊だって言った奴…。イチャイチャデレデレしすぎだろ、あれ」(ド)
「それ言ったのドラケンだろ…」(三)
「そうそう…マイキーはガキだから女には興味ねーんだつってたろ」(場)
「そうだっけ?」(ド)
「そーだよ!つか、あの子、マジで優等生じゃん。ドラケンに多少聞いてたけど、ここまでとは思わなかったわ…」(三)
「俺はあのマイキーが惚れた女だっつーから、どんだけセクシーな美女かと期待したのに何だよ、あの地味な子は」(パ)
「おーい、それマイキーに聞かれたら、マジ殺されっぞ」(ド)
「げ…マジか」(パ)
「ってか、あの子のどこに惚れたんだよ、マイキーは…。アイツの趣味、わかんねー」(場)
「へえ、わかんない?俺の趣味」

「「「「――――――ッ」」」」

先ほどからの浮かれている声から一転、地鳴りですか、と言いたくなるほどの低音が聞こえて、四人は恐々と視線を前へ戻した。
すると身を乗り出し、テーブルの上に上半身を乗せて頬杖をつき、ニッコリ微笑む――悪魔の微笑み――万次郎がいる。

「マ、マイキー…」
「ばーじー。俺の趣味が…何だって?」
「い、いや……いい…趣味だなって…話してたんだよ…な?!」

笑顔で威嚇して来る万次郎を見て、さすがの場地も口元を引きつらせ、他の皆に同意を求める。
そしてふと万次郎の隣にいたがいない事に気づいた。

「あれ…彼女は?」
「あ、お手洗いに、だって。可愛くない?お手洗いだって。便所~とか平気で言うオマエらとは全然違うだろ」
「「「「………」」」」

今の今まで殺気立っていた万次郎が急に頬を緩めたのを見て、四人の目が細くなる。
だが先日までボーっとしたり、無駄にイライラしているよりは、こうして嬉しそうな顔を見ていると、まあいいか、という気にもなってきた。

「つーか、いきなり俺達に会わせて良かったのかよ?まだ話してないんだろ?あのこと」
「…あー、まあ」
「あのこと?」

ドラケンの言葉を聞いて場地が訝しげに眉を寄せた。

「何の事だよ」
「ああ、マイキーのヤツ、彼女に東卍のトップだってこと内緒にしてんだ」

と、そこはドラケンが説明する。

「えっ?マジで?知らないの、あの子。マイキーが東卍の総長やってること」
「バカ、声が大きい!」

万次郎は慌てたように言うと、ドアの方へ視線を向けた。
が戻ってこないか確認しているようだ。

「後で送る時にちゃんと話すって。そもそも彼女は東卍じたい知らねーだろうけど」
「大丈夫か?知らないならビックリすんじゃねーの?俺は嫌だぞ、マイキーの失恋パーティすんの」
「はあ?パーちん、その振られる前提で話すのやめてくんね?!今日やっと付き合いだしたってのにっ!」
「でもオマエ、それ隠して付き合ったんだし、何か騙したみたいになってねぇ?」
「う…そ、そうかも…」

ドラケンの言葉に万次郎の顔が一瞬で引きつった。
それを見たドラケンは溜息をつくと、「まあ、普通じゃないってのは薄々気づいてそうだけどな、俺らを見て」と肩を竦めた。
今日は特服を着てはいないが、確かにここにいる四人は普通の友達には見えないだろう。

「何なら今ここで話した方がいいんじゃね?俺らもいる事だし」
「そ、うかな…」

と言った矢先、が部屋へ戻って来た。
そして皆のおかしな空気に気づき、不安そうに万次郎を見る。

「あ、、お帰り」
「た、ただいま…。っぃたた」
「どうしたのっ?」

ソファへ座ろうとしたが腰を押さえたのを見て、万次郎が慌てて立ち上がる。
だがは「大丈夫、この前、転んで打ったとこだから」と笑顔で応えた。

「え、大丈夫?ケガしてたならメールくれたら良かったのに。学校休むほど酷いとは思ってなかったし…」
「で、でもただの打ち身で大したことなかったから…」
「学校休まなきゃならないほど痛かったなら大した事だろ?アイツら全員ぶっ飛ばしときゃ良かった…にケガさせるなんて」
「ぶ…ぶっ飛ばす…?」
「おい、おい、マイキー」

万次郎の言葉にギョっとした様子で驚くを見て、ドラケンが小声で注意する。
そこに気づいて万次郎はハッとしたように手で口を塞いだ。
だがそんな万次郎を見て、は一つだけ気になっていた事を思い出した。

「あ、あの…この前は突然佐野くんが現れて驚いたから忘れてたんだけど…」
「な、何?」
「佐野くんってケンカ強いんだね。ビックリしちゃった。あんなガタイのいい人を一撃でノックアウトしちゃうんだもん」
「……あー…ははは」

笑顔でそんな事を言われ、万次郎の顏が更に引きつる。
他の四人も同様で、一瞬おかしな空気になった。

「どうしたの?佐野くん、顔色悪いけど…」
「あ、いや…えっと…」

万次郎が困ったように頭をかきながらドラケンを見る。
ドラケンは今がチャンスだ、と口パクで言うと、万次郎も決心したかのように頷いた。

「あ、あのさ…俺、に話さないといけない事があるんだけど…」
「話さなきゃいけない…こと?」
「実は、さ…」

万次郎は意を決し、自分が率いるチームの事を正直にへ打ち明けた。
ここにいるメンバーで結成した東京卍會というチームがあり、自分はそこの総長だという事も全て詳しく説明した。

「東京…卍會…?の…総長……佐野くん、が?」
「うん…」
「暴走…族……ってこと?」
「うん…そう」
「…………」

暫しポカンとしているを見て、万次郎の心臓が異様なくらい速くなっていく。
これで暴走族なんて嫌だ、と言われれば、もう二度と彼女には会えない。
そう思うと、心臓が破裂するかと思うくらいに痛くなってくる。
ドラケンや他の面々もそんな万次郎の緊張が伝わって来て、固唾を飲んでの様子を伺っていた。
すると不意にの視線が目の前の四人へ向けられた。
ドラケン、場地、三ツ谷、パーちんはドキっとしたように姿勢を正す。
何故かに見られると、自然にそうなってしまうのだ。

「えっと…龍宮寺くんは副総長…?」
「お、おう…」
「で、場地くんが壱番隊の隊長さん…」
「あ、ああ」
「三ツ谷くんが弐番隊の隊長さんで…」
「どうも…」
「林田くんは参番隊の隊長さん…?」
「お…おう」

一通り確認するとは納得したように、万次郎を見た。

「で…佐野くんが…総長さん」
「い、いや、そこはさん付けいらないからね?」
「「「「…ぷっ」」」」

言われ慣れない言葉で呼ばれ、万次郎は吹き出した四人を睨みつけた後、不意に顔を綻ばせると、の頭を軽く撫でた。
だがふと真剣な顔でを見つめる。

「俺が…怖い?」
「え…?」
には…縁のない世界だろ。やっぱり怖いって…思う?」

俺が怖いか、と訊かれ、は暫し考えた。
確かに驚きはしたが、以前から自分とは違う世界の人だろうという事は気づいていたし、幼馴染である愛子が言うように例え万次郎が不良と呼ばれる人種だったとしても、それはそれでいいと思っていた。
会っている時の万次郎は優しくて面白くて、話していて楽しいと思える存在であり、にとっては普通の男の子と同じだったからだ。
ただ、それが暴走族の、それも総長という想像以上にぶっ飛んだ存在だったのは驚いたが、の気持ちは変わらなかった。

「怖くない」
「え…?」
「佐野くんのこと、怖いなんて思ってない」
……」
「凄く驚いたけど…佐野くんも、皆の事も怖くない、です」

柔らかく微笑んだを見て、万次郎の緊張が一気に解れた。
同時に嬉しい気持ちがこみ上げて来て思い切り息を吐き出すと「良かったぁぁぁぁあ!」と両手を上げる。
そして満面の笑みを見せると、に思い切り抱き着いた。

「きゃっ」
「俺、振られる覚悟してたから、すっげー安心した!すっげー嬉しい!」

ぎゅうぎゅうと抱きしめて来る万次郎に、は飛び上がらんばかりに驚いた。
ただでさえ男の子に免疫などなく、くっつかれるのも恥ずかしいのに、万次郎の仲間の前で事もあろうことに抱きしめられているこの状態にの顏が真っ赤に染まる。
あまりの恥ずかしさにジタバタもがくものの、さすがは総長、力では全く敵わない。
その時、一部始終を見ていたドラケンが吹き出すと、

「おい、マイキー!可哀そうだから放してやれよ。彼女、真っ赤になってっぞ」
「え?あ、ご、ごめん。…つい調子に乗っちゃって…」

と、万次郎が腕を放す。
その時、顔を胸に押し付けられていた事で眼鏡がズレた。
それが体を離した事で、の膝にポトリと落ちる。

「あ、あぶねー!また落として壊れたら最悪じゃん」

そう言いながら万次郎が眼鏡を拾う。
だが、そこで向かいに座っていた四人の視線が一斉にへ集中し、そして固まった。

「…は?」(ド)
「な…」(場)
「え?」(三)
「……か、可愛い ♡」(パ)

初めて眼鏡を取ったを見て、それぞれ驚きの声を上げる。
そしてそれに気づき、焦ったのは万次郎だった。

「あー!オマエら、見んなよ!!」

の素顔を見せないよう、両手を広げてを隠す。
だがボケっとに見入っている四人は全く聞いていない。

「あ、つーか、!これ眼鏡して!眼鏡!」
「え?あ、あの」

万次郎は手にしていた眼鏡をすぐにかけると、四人の方をジトっとした目で振り返る。

「…見ちゃった?」
「み…見ちゃったな…」(ド)
「み、見えた…」(場)
「いや、見ちゃうっしょ」(三)
「バッチリ見えた…」(パ)
「…チッ」

全員にの素顔を見られたと知った万次郎は思い切り舌打ちをした。
それは皆が地味だブスだと思っているであろうの素顔を、出来れば自分だけが知っていたいという独占欲の表れで。
万次郎にしたら、にもっともっと地味にしてて欲しいくらいだった。
それは単純に他の誰にもとられたくないという、男の子らしい理由だ。

「つーか…美少女ってマジだったんか…」
「あ?当たり前じゃん。俺が言ったんだからそーなんだよ」

唖然としながら呟くドラケンに、万次郎は思い切り唇を尖らせた。
だが不意に笑みを浮かべると、万次郎はの頭を抱き寄せ、からのどや顔で、

「でもは中身が綺麗なんだよ。そこんとこ間違えないでねー」
「さ、佐野くん…?」

再びズレた眼鏡を直しながら、は綺麗、と称され頬が赤くなった。
人から、それも男の子からそんな事を言われたのは初めてで、胸が勝手にドキドキしてくる。
ついでに頭を抱き寄せられた事で万次郎の顏が至近距離にある為、顏が熱中症かと(!)思うくらいに熱く、逆上せて来たような気がする。

「あーまあ、それは分かるけどな」

万次郎のどや顔発言に、一人だけ反応した。

「この前の立ち回りは俺も驚いた」
「え、立ち回りって?」
「チンピラ四人相手に"いい大人の男がお年寄りや女に手を上げるなんて卑劣な真似するからよ!大嫌いなの!アンタ達みたいなのが一番!"てさ」
「――――ッ?」

あれをドラケンに見られてたのか、とこの時初めて知ったは違う意味で頬が赤くなった。

「あ、あれは…夢中でよく覚えてなくて…」
「いや、マジ凄かったよ。驚いた。あの一緒にいたおばあちゃん助ける為だったんだって?」
「は、はい…」
「根性あるじゃん」

四人の中でも一番イカついドラケンに話しかけられドキっとしたが、意外にも優しい眼差しと目が合う。
頭にタトゥーを入れて見た目は怖いが、優しい人なんだな、と何となくそう感じた。

「この前、私の祖母もああいう人達に車道へ突き飛ばされて車にぶつかって足の骨を折るケガをしたんです。だから余計に許せなくて…」
「え、バアちゃんのケガってそんな事情だったの?」

万次郎も知らなかったのか、驚いたようにの顔を覗き込む。
更に顔が近くなった事で、は思わず背もたれに背中がくっつくほど身を引きながら小さく頷いた。

「駅前でタバコをポイ捨てした不良を注意しちゃったの。おばあちゃん結構気が強くて…そしたら逆切れされてあんな事に…」
「何だそれ。ばあちゃん相手に手ぇ出すとかありえねぇ」
「どこのバカだ?そいつら。駅前って、ちゃんちの?」

場地、三ツ谷ともに怒りを見せながら、へ訪ねる。

「そうです」
「俺んとこの隣町の駅だよ。西側は岸んとこの縄張りだけど、南にはウチの奴らもいんだろ」
「……(な、縄張り?!)」

万次郎の発言を聞いて、はギョっとした。
やはり暴走族ともなると縄張り争いなるものがあるんだろうか、と仁義なき世界を思い浮かべる。(※それはヤ〇ザ)

「で、そいつら捕まった?」
「ううん…。まだ警察の人も見つけられてないみたい」
「そっか…。早く捕まるといいな」
「うん…」
「あ、でもウチのチームにはそんなバカはいないから安心して!女子供に手ぇ出す奴は俺が許さないし」
「佐野くん…」
「そうそう。俺らそこんとこだけは厳しく守らせてっから」

万次郎とドラケンの言葉に、は思わず笑顔になった。
彼らは世間から見れば不良かもしれないが、弱い相手に対して手は出さないという言葉は、信用できる気がした。

(東京卍會、かあ。何か凄い人だったんだな、佐野くん…)

未だ実感は沸かないものの、皆の会話を聞きながら、総長の顔を見せる万次郎に改めて感心しただった。