05.待ち合わせ




万次郎とが付き合いだして一週間。
梅雨真っ盛りといった天候が続いている中、一人だけ春に逆戻りしている万次郎は毎日のようにと会っていた。
とりあえず秘密にしていたチームの件を受け入れてもらえた事、東卍結成時のメンバーにを紹介する事が出来た事で万次郎はホッとしたようだ。
幹部の4人も今はだいぶと打ち解けていた。おかげで東卍内は今日も平和。

「あれ??」

駅前のいつものゲーセン。
皆を待っていた三ツ谷は、赤い傘を閉じながらキョロキョロして中へ入って来たを見つけて声をかけた。
彼女は一人だと心細いのか、不安げな様子で入口の近くで足を止めていたのだ。
先日万次郎とここへ来た時に、がゲーセンに来るのも初めてだと言っていた事を、三ツ谷は声をかけた後で思い出した。

「一人?珍しいじゃん」
「あ、三ツ谷くん」

知った顔がいてホっとしたのか、は笑顔で駆け寄って来た。
普段ならを駅まで迎えに行ってから一緒に来る万次郎の姿が今日はない。
いつもベッタリと彼女の隣にいるのに珍しい事もあるもんだと三ツ谷は首を捻る。

「マイキーは?」
「佐野くんは15分くらい遅れるから駅前で待っててってメールが来たんだけど、勧誘の人がしつこいから先に来ちゃいました」
「勧誘…?」

そう聞いて三ツ谷も駅前にたむろしている怪しげな連中が最近増えている事を思い出した。
化粧品だとか宝石、その他諸々、さもお得感があるように言いくるめ、ついでに安いと思わせ契約をさせる質の悪い奴らだ。

「何の勧誘されたの?」
「えっと、この問題集セットを買えば東大合格間違いなし、とか言われて…」
「あーなるほど…」

頷きながらも三ツ谷は思わず苦笑した。
きっとの見た目からして東大に興味があるように見えたんだろう。
そう思いながら三ツ谷は目の前のを見下ろした。
相変わらず長い髪を一つ縛りにし、度の強い眼鏡をかけている。
その外見はやはり最初の印象通り、地味だ。
けどその眼鏡の下には恐ろしいほどの美少女がいる事を三ツ谷は知ってしまった。
そして思う。もったいない、と。

眼鏡を取って髪を下ろすだけで彼女は化けるのに、当の本人はあまりその自覚がない。
父親が厳しく、幼い頃から勉強をさせられて来たは、自分の恵まれた容姿を活かす術も知らずに今日まで生きて来たようだ。
それでも彼女は女に全く興味がなかった、あの万次郎を本気にさせたのだから凄い子だ、と三ツ谷はシミジミ思っていた。

そもそも万次郎は東卍のトップ、かつ無敵のマイキーと有名であり、そう言う理由だけで寄って来るヤンキー娘達が後を絶たない。
集会を開いていると、そういう女達が万次郎見たさに未だに集まって来る。
中には幹部連中目当てというのもいたが、たいがいは"総長の女"という立場を狙ってるようなものだ。
中には美人だったり可愛い子もいたが、万次郎はどれだけアプローチされても誘いに乗った事がなかった。
色仕掛けで迫ろうものなら「触んじゃねーよ」とキレた万次郎が女達を怒鳴り散らした事も一度や二度じゃない。

「綺麗な子だったろ」

と一度、暴言を吐いた万次郎に三ツ谷が言った事もあるが「メイクが濃い。香水臭い。男を平気で誘う女なんて誰にでも同じ事をやる尻軽だろ」と手厳しい言葉を並べ立てられた。

「アイツらは俺が好きなんじゃなくて"東京卍會の総長"が好きなんだよ」

万次郎は笑いながら事もなげに言っていた。
なるほど。よく見てる、と三ツ谷は驚いたものだった。
普段、仲間といる時は無邪気な一面を見せる事の多い万次郎だが、やはりそこはただのガキじゃない。
人を良く見ている。自分と話している時の相手の目、表情、口の動き、その言葉に嘘はないか。
東卍のトップとして五つの部隊をまとめあげ、100人の構成員を率いるのは並大抵の事ではないと、三ツ谷も知っている。
この二年で万次郎は確実に総長としての器を磨き、今後は更にチームをデカくしていくだろう。
そしてその万次郎が自ら好きになった子が暴走族とは無縁だった普通の女の子なのだから、最初こそ誰もが驚いたものの。
と接していると、何故万次郎が彼女に惹かれて行ったのか、三ツ谷もだんだん分かって来た。

「あ、俺、飲みもん買って来るけどちゃんも何か飲む?」
「え?あ…いいです!自分で――――」
「あーいいって。今日は寒いしココアでいい?好きだったよね」

彼女が遠慮するであろう事は百も承知。
三ツ谷はに断らせないよう先手を打って好きな飲み物の名をあげる。

「あ…あの…はい。ありがとう御座います」

案の定、財布を持って追いかけて来たがその動きを止め、戸惑ったような顔をしていたが、最後は笑顔でお礼を口にした。
そのバカ丁寧な"ありがとう”と笑顔を見て、三ツ谷も自然と笑顔になる。
今時、こんなに礼儀正しい子はなかなかいない。

"古き良き時代―――"

そんな言葉が似合う子だな、と三ツ谷は思っていた。
じゃ、ちょっと待ってて、と三ツ谷は自販機のある方へ歩いて行く。

はそれを見送りながら目の前のゲーム台前にある椅子へ腰を下ろすと手持無沙汰に持っていた財布をしまい、代わりにケータイを取り出した。
先に来てしまった事で万次郎が心配しないよう、メールで伝えようと思ったのだ。
だがその時、突然目の前に影が落ちて、はふと顔を上げた。

「おい、何勝手に座ってんだよ、ブス!そこは俺の予約席なんだよ。早くどけろ」
「え……は、はい!すみません!」

ひょろっとした声色の怖い男に凄まれ、驚いたはぴょこんと勢いよく立ち上がった。
こういう所でも予約制度があるんだ、と本気で思ったのだ。
文句を言って来た男は学ランの中に何やら派手なシャツを着ていて、一目で普通の学生ではないと分かる風貌だった。
その男は入れ替わるように椅子へ座ると、ジロリとを睨みつけた。

「二度とここに座んじゃねーぞ!だいたいオマエみたいな地味な女が出入りするような場所じゃねーから!」
「あ…ご、ごめんなさい!でも私、人と待ち合わせしてて―――」

が慌てて言った時だった。
ゴンっという音と共に、目の前の男が前のめりになった。

「痛ってぇな!誰―――って、三ツ谷?!」
「何やってんの、オマエ」
「てめ、何で殴んだよ?!」

ひょろっとした男は三ツ谷と知り合いなのか、後頭部を殴られた事で怒りながら立ち上がった。
は二人が知り合いだったのか、と驚いたが、自分が原因でケンカになるんじゃないかとハラハラして止めようとした。
だが逆に三ツ谷は二人の間に割って入ると、

「その子に暴言吐いたこと謝れよ、ペーやん」
「は?何だよ?このブス、オマエの知り合い?まさか彼女じゃねーよな。こんな地味な女―――」
「その子、はマイキーの彼女ヨメな?」
「―――は?」

男は何を言われたのか分からないといったようにフリーズし、驚いたように改めてを見る。
だがはこの時、自分が万次郎の"嫁"と言われた事に対して真っ赤になりながらも、言われ慣れない響きでつい顔がニヤケそうになっていた。
だがその間もペーやんと呼ばれた男は信じられないといった様子で三ツ谷を睨み返す。

「てめぇ、三ツ谷!何の冗談だ?この地味な女がマイキーの?!ありえねーだろ!変な嘘つくんじゃねぇ!」
「はーい、また暴言。つーか、それマイキーに聞かれたらオマエ、マジで殺されっからな」
「あ?何でだよ!」
「マイキーはのこと絶賛溺愛中なの。そりゃーもう目に入れても痛くないほどに可愛がってっから」
「何だそれ、あるわきゃねーだろ、そんな事!あのマイキーだぞ?エロ動画見ても勃ちもし―――んぐっ」
「それ以上口開いたらマイキーの前に俺が殺すぞ…!!初心なの前で何言おうとしてんだ、コラ!」

ペーやんの口を手で塞いだ三ツ谷の額に怒りマークが浮かぶ。が…その頬は赤い。
ただは嫁と呼ばれ、未だ違う世界を彷徨っている為、幸い今の言葉は全くと言っていいほど聞いていなかった。

「な…何だよ、マジになりやがって…。冗談じゃねえのか?」
「何でこんな冗談言う必要あんだよ…!つーか今の発言もしに聞かれてたらオマエ、マジでマイキーに殺されてたぞ…」

三ツ谷は変な汗が出たと言いながら深々と息を吐き出し、ペーやんを睨む。
ペーやんは悪いヤツではないが、あのパーを慕い参番隊の副隊長を務めているだけに、口も態度も悪い。
その上、パーと同じくアホと来ている。いくら口で言っても分からないかもしれない、と三ツ谷は思った。
が、ふと良い事を思いつく。
口で言って分からないなら、その目に見せて納得させればいいのだ。


「…え?」
「ちょっとコッチ来て」

三ツ谷は笑顔でを手招きすると、先ほどペーが座っていた椅子へ座らせた。

「え、あの…ここは彼の予約席じゃ…」
「ないない。コイツが勝手に言ってるだけだから。それより…ちょっとごめんね」
「え?」

三ツ谷はにニッコリ微笑むと、髪を縛っているゴムとかけていた眼鏡をパっと外してしまった。
その行動に驚いたのはだった。

「あ、あの三ツ谷くん…っ?」
「ごめん。こうでもしないとコイツが納得しないからさ」

と三ツ谷は苦笑しながら、「ペー、ちょっと来い」との前にペーを呼んだ。
何だよ…とブツブツ言いながら歩いて来たペーは、ふと三ツ谷の前に座ってるへ目を向けた。

「…はあ?!」

予想通りのリアクションをするペーやんに、三ツ谷はニヤリと笑う。
目を飛び出しそうなほどに驚いたペーの頬が、少しずつつ赤くなっていく。

「これで納得しただろ?」
「な、ななな何で?え?さっきの地味なヤツはどこに…ってか、マジでアンタ、マイキーの彼女ヨメなわけ?!」
「え?!あ……でも私と佐野くん、籍は入れてないですけど…」
「は?」
「ぷ…っ」

顔を赤くして照れながらもズレた発言をするにぺーは目が点になり、三ツ谷は小さく吹き出した。

「あのね、。俺らの間じゃ彼女のことそう呼ぶんだよ。誰かが自分の彼女のことそう呼び出して、そっから何となくね」
「え?あ、そ、そう…なんですねっ!私、誰かと付き合うの初めてでよくわかんなくて…っ」
「そんな慌てなくても」

ワタワタしながら焦るを見て、三ツ谷は更に笑うと、隣で放心しているペーやんの顔を覗き込んだ。

「これで分かったろ?まあマイキーはの外見に惚れたわけじゃないみたいだけど、あんま地味とか言うから見せた方が早いと思ってさ」
「………」

ペーやんは三ツ谷の言葉も耳に入らないといった様子で青くなっていた。
先ほど自分が吐き出した暴言の数々を反復していると、自分が万次郎の恋人にブスだの地味だのと言ってしまった事実だけが明確になる。
その瞬間、目の前で赤面しているに向かって突然、九十度の角度で頭を下げた。

「暴言吐いてごめんなさい!!」
「え…?あ、い、いえ…こちらこそ、また勝手に椅子に座ってごめんなさい」
「はい…?」

自分が謝ったはずがからも謝罪され、驚いたペーが顔を上げると何故かも立ち上がり、九十度の角度で頭を下げている。
ゲーセンという賑やかな空間で、中学生の男女が互いに向かって頭を下げて合っている、という変な光景が出来上がっていた。
それにはさすがのペーも呆気に取られた。
目の前で見ていた三ツ谷も驚いたが、とりあえずは和解となった事でホっとして軽く息を吐く。

「いいよ、ちゃん。コイツに謝らなくても。それよりごめんね、勝手に眼鏡取っちゃって。髪もほどいちゃったし」
「い、いえ…」
「でも…」

と三ツ谷は眼鏡もせず髪を下ろしているをマジマジ見ると、「やっぱコッチの方が断然いいな」と一人納得している。
ペーは未だ信じられない様子で「つか、マイキーいつの間に彼女作ったの?え、ってか初めての彼女じゃね?」とブツブツ言っていた。
それを聞いたも「え、さ、佐野くんも初めて…?」と驚いて三ツ谷を見上げる。

「あーうん。マイキー今まで彼女は作った事なかったからちゃんが初めて。だから俺達も驚いたんだよ」
「……で、でも総長さんならモテるんじゃ…佐野くんカッコいいし…」
「そ、総長さん?」
「ペーは黙ってろ…」

三ツ谷は吹き出しそうになるのを何とか堪えると「マイキーは確かにモテるけど、アイツが好きになった女の子もちゃんが初めてだよ」と笑顔で言った。

「………」
「あ…赤くなった…(おもしれー)」

こんなに分かりやすいくらいに赤くなる子は初めて見たな、と三ツ谷は苦笑した。
まあ、男と付き合った事がないなら当然といえば当然か、と納得するのと同時に自分もこんな素直で可愛い彼女が欲しい、とも思う。
だいたい東卍のメンバーは彼女のいない奴の方が多いのだ。
総長である万次郎にいなかったのも原因の一つかもしれない。
例え彼女がいてデートをしていたとしても万次郎に呼び出されれば、そっちを優先するヤツが多いのだから、ソレが原因で振られるメンバーもいた。
でもこれから先、少しは変わるかもしれないな、と三ツ谷が考えていたその時。
ゲーセンの中へ凄い勢いでドラケンが走りこんで来た。

「おい!三ツ谷!」
「あ、ドラケン。遅かった――――」
がいねえ!」
「は?」
「待ち合わせの場所にがいねえってマイキーが騒いでる!オマエ、一緒に探して―――」

と言ったところで、ドラケンは固まった。
三ツ谷とペーの間に小柄な少女が立っているのを見つけたからだ。

…?ここにいたんか!」
「あ、ご、ごめんなさい!メールで知らせるの忘れてたかも…」
「あーは駅でマイキー待ってたら変な勧誘にしつこく誘われたっつって先に来たんだよ」
「マジ?ってか、、眼鏡……」

いつもの眼鏡を外し、髪を下ろしているを見たドラケンは呆気に取られた顔で歩いて来た。

「ああ、がマイキーの彼女だって言ってんのに、ペーが全然信じねーから俺が取ったの」
「はあ?オマエ、勝手にそんな…つかマイキーにバレたらキレられっぞ?の素顔、他のヤツに見せたくねーみたいだし」
「あ、そっか!ごめん、。これ返すね」

三ツ谷は慌てたように眼鏡と髪を縛っていたゴムを返す。
も眼鏡を受け取ると、それをかけながら、ふとドラケンを見た。

「あ、あの…佐野くんは…」
「あ!忘れてた!」

ドラケンは頭を抱えると「アイツ、がいないし電話にも出ねーから心配して駅前、探し回ってんだよ」と苦笑いを浮かべた。

「え、電話なんて…」

と、そこでは自分のケータイをポケットから出して確認すると確かに万次郎からの着信が数件入っている。
それを覗き込んだ三ツ谷が苦笑交じりで驚いた。

「うわ、鬼電されてんじゃん」
「え…(こ、これが噂に聞く鬼電…?)」
「まじぃな…」
「…ここうるさいから聞こえなかったかも…」
「そーいう事か…」

と、ドラケンは苦笑した。
ゲーセンと言う場所は常に大きなBGMがかかっている。
確かにこの中にいれば着信音など殆ど聞こえないだろう。

「あの…私、佐野くんに電話して―――」

と言った瞬間だった。
またしてもゲーセンに誰かが走りこんで来た。

「あー!!!っ?!」

その大きな声にギョっとしてその場にいた全員が振り向くと、慌てた様子の万次郎が傘を放り投げて走って来る。
あげくその勢いのままへと抱き着いた。

「きゃ!」
「良かったー!誰かに攫われたかと思った!」

いや、誰も白昼堂々、駅前で女子中学生を攫いはしないだろーよ、と言いたい東卍メンバー達。
は皆の前で抱きつかれたのが恥ずかしいのか、相変わらずジタバタ暴れながらも連絡しなくてごめんね、と謝っている。
そこで初めて万次郎がいつもと違うに気づいた。

「あれ…今日、髪下ろしてきたの?」
「え?あ…こ、これは…」

そこで三ツ谷とペーがギクリとする。
も眼鏡はかけたものの、髪を縛るのを忘れていたのだ。
この状況でさっきの事を話すのはまずい気がしたは「今日ちょっと寒いから下ろしてきたの」と顔を引きつらせながらも頷いた。

「あーなんだ。確かに今日寒いしね」

の言葉に素直に納得した様子の万次郎を見て、三ツ谷とペーはホっと小さく息を吐き出す。
ドラケンは事情を聞いたものの、そこは空気を読んでスルーしておいた。
一方、しか見ていない万次郎は「寒いならこれ着てて」と自分の学ランをの肩にかけた。

「え、いいよ…。佐野くんが風邪引いちゃう」
「大丈夫だって。俺、寒くないし。ところで―――」

と、万次郎はそこで初めて後ろにいる三人へ目を向けた。
イチャイチャしている万次郎を呆れながら見ていた三人だったが、急に見られた事で一瞬ドキっとする。(特にペー)

「俺がいない間にオマエら、と何話してたわけ?」
「「「……え?」」」

ジトっとした目で見られた三人は互いに顔を見合わせると、すぐにぶんぶんと首を振った。

「特に何も」
「俺は挨拶だけ…(これじゃ暴言吐いてたなんて言えねー)」
「俺はオマエががいねーって大騒ぎして慌ててどっかすっ飛んでったからココに来たんだろーがっ!」
「ふーん…」

万次郎は面白くないといった顔で皆を見ていたが、ふとを見てニッコリ微笑んだ。

「じゃあご飯でも行く?」
「え?あ…そう、だね」

「「「………(何のじゃあ?)」」」

とは言いたくなったが、そこは敢えてスルーする。
その間に万次郎はの手を引いてサッサと歩きだしたが、ドラケンが「マイキー」と声をかけた。

「今夜、集会だからな。あんま遅くなるなよ?」
「わーっかてるって。ご飯食べてを家まで送ったら、すぐ行く」

万次郎は笑顔で手を上げると、と何やら楽しそうに話しながら雨の降る中、二人で歩いて行ってしまった。
それを見送っていた三人は同じタイミングで溜息をつき、再び互いに顔を見合わせると、一斉に吹き出した。

「つーか、マイキーが女と相合傘してる…レアじゃね?」(ぺ)
「エマちゃん以外には見た事ない光景だな、確かに」(三)
「…ったく。俺は散々走らされて疲れたっつーの」(ド)
「でもま、マイキーが幸せそうならいーんじゃねーの」

三ツ谷の言葉にドラケンもそうだな、と苦笑する。
万次郎の機嫌が悪いと、周りに八つ当たりするという理不尽な事件が、最近めっきり減ってきているのはいい事だとドラケンも思う。

「あーあ、俺もあんな彼女欲しくなってきたわー」
「はあ?何だよ、三ツ谷まで」
「いや、だっていい子じゃん。って」
「確かに」
「さっきだってペーに酷いこと言われたのに全然怒んないし、逆に何か謝ってるし可愛いよなあ」
「お、おい、三ツ谷!さっきの事はマイキーに絶対言うなよ?!」

そこで思い出したペーが再び怯えた顔をする。
あのイチャつきを直に見た事で、万次郎があの様子では万が一暴言がバレたら俺は殺される、とペーは思った。

「言わねーよ。せっかくマイキーが機嫌いいのに」
「あ?ペー、そんな酷いことに言ったんか」
「い、いや知らなかったんだって…」

ドラケンにまで睨まれ、ペーやんは思わず首を窄めたが、三ツ谷がふと思い出したように言った。

「あれ、でも確かパーがペーにマイキーの彼女のこと話したっつってた気ぃするけど…」
「え…?」

そんな事を言われてもペーにはその記憶がない。
パーちんとは毎日のようにツルんではいるが、万次郎に彼女が出来たという話など聞いた覚えがなかった。

「俺、聞いてねーけど」
「え~?けど確かにパーちん、カラオケボックスで待ってたらマイキーが出来たてホヤホヤの彼女を連れて来たってペーに言ったら、ペーも驚いてたって話してたぞ?」
「……カラオケ…出来たて…ホヤホヤ…」

ペーはそのワードには聞き覚えがあった。
それは一週間前の夜のこと。
その日は集会もなく、パーちんもドラケンや場地たちとカラオケに行くと聞いていたペーは、自分が誘ってもらえなかった事にスネながら家でゴロゴロテレビを見ていた。
するとパーちんから電話がかかってきたのだ。
てっきり呼び出しかと思って出たのだが、パーはどこか興奮したように話し出した。

『あ、ペーか?聞いてくれよ!さっき出来立てホヤホヤの女が来たんだよ!』
「へぇー」
『んで地味に見えたけど、実はめちゃくちゃ可愛くてお手洗いに行ってさー』
「ほっほぉー!」

この時、ペーやんはちょうど観ていたサスペンスドラマが終盤で、テレビの方に気が向いていた。
そもそもパーちんの話は主語がないので何を言っているのかサッパリ分からない。
でもどこか興奮気味に話しているのは分かったペーやんは、驚くリアクションのみで相槌を打っていたのだ。

「って何だそれ!マジで主語ねーじゃん」
「当たり前だろ!パーちんだぞ?パーちんの脳みそはミジンコだつったろが!」
「い、いや…オマエ、それは言い過ぎだろ…」

ペーの暴言に三ツ谷の顏も引きつっている。
だが事の真相が分かったペーは「知るか」と吐き捨てる。

「パーちんの説明が下手くそだったせいで俺はマイキーの彼女の情報を知る事が出来なかったんだからな!おかげであの子に暴言吐くはめになったし!」
「いや、それはオマエが普段から口が悪いから…」
「いーや!パーちんのせいだ。パーちんがミジンコだから悪いっ」
「お、おい、ペー…」
「だいたいパーちんはいっつもいっつも何言ってっかわかんねーんだよ!」
「おいコラ、ペー。それくらいに…」
「通訳ないと会話が無理ゲーだっつーの!翻訳機でも買うか?」
「へえ…翻訳機ねぇ…」
「この前もいきなり俺を殴ってから痛ぇんだよ!チ〇コがとか言い出すし主語が逆過ぎて――――」

と、そこまで言ってペーは固まった。
合間に聞き覚えのある声が混じっていた気がしたのだ。

「そんなに俺の話す事が分かんねーのか?ペー」
「………パ、パーちん…」

恐る恐る振り向けば、いつからそこにいたのか、青筋をピクピクとさせたゴツイパーちんの顔。
ペーは本日二度目の全身から血が引いて行くのを感じていた。

「ごめんな…ぎゃ!」

さっきのように九十度の角度で頭を下げた時、その後頭部にパーちんの怒りの鉄拳が惜しみなく振舞われた。