
07.XOXO❷
ファミレスでを待っていた東卍のナンバー1とナンバー2の二人。
万次郎、そしてキスの相談を受けていたドラケンはテーブルの方に歩いて来た美少女を見て同時に口から飲み物を吹き出した。(※ドラケン二回目)
「「え……?!」」
「あ、あの…遅くなってごめんね」
自分を見て目を丸くしている二人に、は恥ずかしそうに俯いた。
今は眼鏡も外し、長い髪は同じ一つ縛りでも普段下で結んでいるのとは違い、高い位置で結ばれている。
しかもツイストを混ぜ込んだふんわりとルーズなヘアアレンジが施されていて、更にいつもスッピンの顏にはナチュラルメイクをしているのか、長いまつ毛と大きな瞳がより引き立ち、綺麗な形の唇には淡い色のグロスが濡れらていた。
これは全て幼馴染の愛子がしてくれたものだ。
「…どうしたの…それ」
「えっと…幼馴染の子がデートならこれくらいして行けって…ヘアアレンジとメイクしてくれたんだけど…変?」
二人が固まっている姿を見て少し不安になったは、おずおずと顔を上げて聞いた。
だが万次郎は思い切り首を左右に振ると、
「全っ然変じゃないし!つか、めちゃくちゃ可愛い!アイドルなんか目じゃないくらい可愛い!いや、もう天使!」
「……ッ?(て、天使?!)」
「ああ…マジ、びっくりしたわ。いや可愛いのは解ってたけど、ちゃんとメイクするとそれが更に引き立ってる…」
ドラケンもポカンとした顔でを見て、感心したように言った。
が、そこで我に返った万次郎は慌てて立ち上がり、の腕を引っ張っると自分の隣に座らせた。
「で、でもダメ!こんな格好してたら他の男が―――ってかケンチン、見んなって!」
「あ?見んな言われても見ちゃうだろーよ!目の前にいんだから!」
自分の腕に抱きしめを隠しながら理不尽な事を言って来る万次郎に、ドラケンも呆れ顔で言い返す。
だがはファミレスの中で抱きしめられている恥ずかしさからジタバタ暴れると、万次郎の腕から逃げ出した。
「あ、!ダメだって、他のヤツに見られちゃうだろ?!」
「ほ、他のって…龍宮寺くんしかいないし…」
「いーや、ケンチンは100歩譲って仕方ないとしても店員の男が見てる!つか客の男も!」
と万次郎が指さす方向には、ファミレスの店員、そして高校生の男子学生がいて、全員が三人を、いやを見ていた。
だが万次郎が睨むと誰もがサっと目を反らしている。
「っていうか、眼鏡は?」
「え?あ…あるけど…」
「じゃあ眼鏡しよ?じゃないと俺、心配で落ち着かないし!」
「えっ?」
「おい、マイキー。せっかくオマエの為にお洒落してくれてんのに、そりゃが可哀そーだろ」
万次郎の言い分にドラケンは呆れ顔で溜息をついた。
それには万次郎も「ぐ…っ」と言葉を詰まらせる。
確かに言われてみればドラケンの言う通りだ、とも思う。
それも自分の為にがこんなに可愛くして来てくれたなら尚更嬉しい。
だけど他の男に見られるのは嫌というのは、もはや理屈ではないのだ。
「そりゃ二人きりの時ならいいけどさ…」
スネたように唇を尖らせる万次郎に、こりゃ重症だ、とドラケンも苦笑する。
が、そこでいい事を思いついた。
「んじゃー外でデートすんじゃなくてお家デートにすりゃいーじゃん」
「お家…デート?」
ドラケンの提案に万次郎、そしてが互いに顔を見合わせる。
「そ。それなら誰の目も気にしないでいいし、だって安心してお洒落出来るだろ?それによく考えたらの家は父親が不在、マイキーの家もオマエの部屋は離れにあるんだから家族の目も気にならねーじゃん」
「あ…そっか」
今更ながらにそこに気づいた万次郎は「さっすが、ケンチン!」と笑顔になった。
「いや、むしろ今まで何でそれ思いつかねーの?」
二人の環境は他の中学生カップルよりも邪魔な親がいない分、二人きりになれる環境なのだから恵まれてる方だ。
と言って誰かと付き合うのが初めて同士の二人じゃ、家でデートするなんて考えすら浮かばないのも仕方ないか、とドラケンは苦笑いを浮かべた。
「あと…それならさっきマイキーが悩んでた事も案外早く解消できるかもしれねえし?」
「バ…っ余計なこと言うなよ、ケンチン!」
ニヤリと笑うドラケンの言っている意味を瞬時に理解した万次郎は一気に顔が赤くなった。
だが何も知らないは慌てる万次郎を見て、
「え、佐野くん、何か悩んでたの?」
「えっ?!あ、いや、な、何も悩んでない!全然悩んでないし!」
に顔を覗かれ、万次郎はぶんぶんと首を振って否定する。
どういうタイミングでキスをすればいいのか、という悩みを知られたら恥ずかしいどころの話ではない。
慌てる万次郎を見て笑いを噛み殺しているドラケンを睨みつつ。
不思議そうな顔をして自分を見ているに万次郎は引きつりながらも微笑んだ。
「あ、でもんちは大丈夫なんか?男なんて連れ込んで」
ふと思い出したようにドラケンが訊いた。
「ウチは知っての通りお父さんもいないし…それは大丈夫です」
と少し恥ずかしそうにしながらが頷く。
「あ…そう」
と言いながらドラケンが万次郎を見ながらニヤリと笑う。
それに気づいた万次郎は再び顔が赤くなったものの、威嚇するように徐に目を細めた。
その時、のケータイ音が鳴った。
「あ…愛子からメールだ」
表示を見てがメールを開く。
「愛子?」
「あ、今日メイクとか髪をアレンジしてくれた幼馴染の子」
「ああ、隣に住んでる子だっけ」
「うん。どうしたんだろ。メールなんて…」
と言いながらは愛子からのメールを読むと、そこには下着泥棒の件で愛子の母親が警察に通報したものの、ちょっと調べてすぐに帰ってしまった旨が書かれていた。
「え…ちゃんと調べてくれなかったんだ…」
「何を?」
ガッカリした様子のを見て、万次郎が首を傾げる。
は溜息交じりでケータイをしまうと、今朝の出来事を万次郎とドラケンに話した。
「し…下着泥棒っ?!」
案の定、万次郎が驚愕したように叫んだ。
「今時そんなアホがいんのか…」
ドラケンも呆れ顔でそう言いながら、真っ青になった万次郎を見て少しだけ嫌な予感がした。
「…お、俺ののし…下着盗むなんて…ソイツ、ぶっ殺す…!」
「あ、あの…佐野くん…?」
今度は怒りで真っ赤になり拳を握り締めた万次郎を見て、が不安げな顔をした。
「……おい、マイキー。の前でぶっ殺すはやめろって」
「分かってるけど…どっかの変態野郎が今この瞬間にものし…下着持ってるかと思ったら殺意が沸くんだよっ」
「いや、それも分かるけど…ってマイキー震えすぎ」
と怒りで手がプルプルしている万次郎を見てドラケンが困ったように言った時、万次郎が徐に立ち上がった。
「つーか、。ソイツ、俺が捕まえてやるよ」
「「えっ?」」
万次郎の言葉に、ついでにドラケンも驚いた。
どうやらドラケンの嫌な予感が当たってしまったようだ。
「その変態野郎、俺が捕まえるって言ったの。って事で、行くぞ。ケンチン」
「……はあ。(やっぱりこうなるのね)」
仕方ないと言った様子で立ち上がると、ドラケンは未だキョトンとしているを見て、
「とりあえず…の家に案内してくれる?」
と苦笑いを浮かべた。
「へえ、いいマンション。ここの12階だっけ?」
ドラケンはの住むマンションを見上げると、後から来たへ声をかけた。
「そうです」
「じゃあマンション内、見させてもらおうかな」
「はい」
とりあえず警察はアテにならず、と言って放置しておくのも怖かったは、犯人を捕まえてくれるという万次郎とドラケンをマンション内へと案内した。
万次郎とドラケンはまずマンションのエントランスには誰でも出入りが出来ること、非常階段のドアも内鍵を外せば開けられる事を確認すると、最後にの家へ案内して貰った。
「お邪魔しまーす」
「そんな事情で朝バタバタしちゃったから少し散らかってるけど…」
はそう言いながら先にリビングへ向かうと、今朝取り込んだまま放置していた洗濯物を慌てて片付けた。
家に上がったドラケンは「全然綺麗じゃん!」と驚きつつ、室内をキョロキョロと見渡す。
母親がいないとは聞いていたが、綺麗に片付けられたリビングはの性格を表してるかのようだ。
そこでふと万次郎がいない事に気づき、ドラケンは後ろを振り返った。
「マイキー何してんの…?」
見れば万次郎は玄関口のところに突っ立ってジトっとした目をドラケンに向けている。
「何してんのじゃねーよ。彼氏の俺より先にの家に入るな」
「……オマエがモタモタしてっからだろ。めんどくせえな」
「あ?ここがの家かと思って感動してたんだよ!悪いか?!」
「……い、いや。俺が…悪かった…(可愛いかよ!)」
顔を赤くしながらそんな事を堂々と言って来る万次郎に、ドラケンは吹き出しそうになるのを堪えて素直に謝った。
「あ、今お茶淹れるから佐野くんも入って」
キッチンから顔を出したがそう言うと、万次郎は緊張した面持ちで「お、お邪魔します」と言いながら入って来る。
それを見て笑いを噛み殺しつつ、ドラケンは問題のベランダへ出てみた。
左右どちらもチェックしたが、隣のベランダからは無理をすれば何とか通れそうだな、とは思う。
ただ、だからと言ってすぐに隣の家の人間が犯人、と決めつけるには早い。
このマンションには抜け道がいくらでもあったのはチェック済だ。
隣のその隣の家の人間でもベランダづたいに移動できるなら、この階全ての人間が怪しい事になるし、上や下の階も入れたら相当な数の容疑者がいる事になる。
「おい、マイキー。これ上からでも来れるんじゃね?―――」
ベランダから身を乗り出していたドラケンは、そう言いながら振り向いた。
「え、このアップルパイ、うま!!が作ったの?」
「うん。ウチのお父さんがアップルパイ好きでお母さんがよく作ってて。そのレシピ見ながら食べたくなった時にたまに作るの」
「マジ美味しい。もうパティシエなみ♡」
「…………(マイキーのヤツ、本来の目的忘れてねーか?)」
に紅茶を出され、ついでにの手作りアップルパイなる茶菓子にご満悦な様子の万次郎を見て、ドラケンは少しだけ殺意が沸いた。
「あ、龍宮寺くんも良かったら」
「ああ…頂くよ」
額をピクピクさせながらも可愛いの前で怒鳴るわけにもいかず、ドラケンは笑顔で頷いた。
万次郎は初めての家に来れたという嬉しさで下着泥棒の事などすっかり忘れたかのようにと楽しそうに話している。
だが、ドラケンが隣に座ると、不意に「非常階段から屋上にも上がれるって」と真剣な顔で言った。
なるほど、そういうチェックは怠らないな、とドラケンも苦笑いが零れる。
「つー事は、だ。エントランスから非常階段を使えば屋上に上がれるし、上から下りて来たって事もあるかもな」
「え、屋上から?で、でもそんな危ない事できるの?」
てっきりマンション内に犯人がいると思っていたは、ドラケンの話を聞いて驚いた。
「いや最近多いみたいなんだよな。上から忍び込んで来る泥棒とか強姦目当てのやつ」
「……ご、強姦…?」
「ほら上の階だからって安心して窓の鍵とかかけねー家が多いだろ。それ狙ってさ」
「あ……」
「ロープ使って下がっていくだけなら多少力のある奴なら出来るだろうし」
それを聞いては急に怖くなった。
確かに昨夜ベランダの窓の鍵は開けたままだったのだ。
もし家にいたらその犯人と鉢合わせしていたかもしれないと思うと、はゾっとした。
今は父親が不在で一人暮らしをしているのだから余計不安になってくる。
「こ、今度から鍵はかけておく」
「そうした方がいい。まあ今回の奴はただの下着泥棒かもしれねーけど…マイキー」
「うん…」
ドラケンは隣で怖い顔をしている万次郎へ声をかけると、万次郎は黙って頷きを見た。
「、今夜から俺達がマンション見張るから安心して」
「え?でも…そんな事させられないよ」
「いや…っていうか俺が心配で帰れない。とりあえず屋上とマンションの周り見とくからは心配しないでよ」
万次郎は不安そうなを安心させるように優しい笑顔でそう言った。
だがドラケンは「いや…」と言葉を挟み、再びベランダを見ると、
「マイキーはこの部屋に泊って朝まで見張ってろ」
「……え?」
「外部の線もあるってだけで内部に犯人がいないとは言い切れねえだろ?外を見張ってる間に中から侵入されたんじゃ意味ないからな。念のためだよ」
ドラケンはそう言いながらに「それでもいいか?」と訊いた。
は家に万次郎がいてくれるなら安心だ、とホっとして「もちろんです」と笑顔になる。
万次郎が家に泊まる、という事はあまり深く考えていないようだ。
だが、当の万次郎は顔を赤くし、どこか視線が泳いでいる。
それに気づいたドラケンは笑いを噛み殺しつつ「感謝しろよ、マイキー」と小声で耳打ちした。
「…感謝はするけどさ。外をドラケン一人には任せられないだろ」
「あー大丈夫。アイツら呼ぶから」
「アイツら…?」
が首を傾げると、ドラケンはニヤリと笑い「ウチの暇人どもだよ」とケータイを取り出した。
「何で俺達が夜通し下着泥棒なんか待たなくちゃいけねーんだよ…」
「とか何とか言ってパーちん、すげー沢山オヤツ買いこんでじゃん!ピクニック気分かよ」
「パーちんの胃袋は穴開いてっからな!これくらい買わないと朝まで持たねーんだ」
場地の突っ込みにペーやんが笑いながら肩を竦める。
パーちん、場地、ペーやんの三人はドラケンの呼びかけでのマンションの屋上を見張る事になった。
本当は幹部4人を呼んだのだが、例に漏れずパーちんはペーやんと一緒に家でゴロゴロしていたようで、必然的にペーやんも招集されたようだ。
マンション周りはドラケンと三ツ谷が見回る事になり、近所の人間に不審者扱いされないよう、なるべく目立たず見張れと万次郎に言われた。
「でもよー。マイキーだけ彼女の家でイチャイチャしてると思うと微妙にムカつくな」
とパーちんがポテチをバリバリ食べながら笑った。
「言えてる。でもドラケン曰く初めて彼女の家に来たってんでイチャつく余裕もないくらい緊張してたらしーぜ、マイキーのヤツ」
と場地が楽しげに言った。
「そりゃ見てみてー!緊張してるマイキーとかレアじゃね?!やっぱ無敵のマイキーも人の子か~!」
とペーやんが馬鹿笑いしていると、
「俺は元々人の子だけど?」
「はぅ…っ!」
以前にもあったな、この展開…とペーやんの顏から血の気が引く。
直後、後頭部に激痛が走る。これが痛い。万次郎の一撃は本当に、痛い。
「いっでぇぇぇ…!」
頭を押さえ蹲るペーやんの前に、殺気をまとった万次郎が立ちはだかった。
「で…何がレアだって?」
「マ、マイキー…(目が笑ってねえ!)」
「さ、佐野くん…!殴っちゃダメだよ!」
その時、万次郎の後ろから来たらしいが驚いたように走って来た。
瞬間、殺気をまとっていた万次郎の表情が一転、笑顔を見せつつ慌てて振り向く。
「ち、違う!今のは挨拶だよ、挨拶!えっと…と、東卍流の!」
「挨拶…?」
「「「……(サラっと嘘ついたぞ、この人!)」(場、パー、ぺー)」」」
はキョトンとした顔をしていたが、すぐに笑顔になると「何だ、挨拶か」と笑った。
「「「……(信じるんかいっ!)」」」
場地とパーちん、そして被害のあったペーやんは思い切り目が細くなった。
が、いつもと違う髪型のに気づき「「「か、可愛い…」」」と呟く。
「ってか何であんな可愛い髪型してんのに眼鏡はかけてんだ…?」
「あー何か今日は友達にメイクしてもらったらしい。でも例の如くマイキーが他の男に見せたくないって騒いだってドラケンが言ってたしかけさせられたんじゃね?」
「「あー…」」
場地の説明にパーちんとペーやんも唖然とした顔で万次郎を見る。
するとが三人の方へ歩いて来た。
「あ、あの林くん、大丈夫?」
「へ?あ、ああ…だ、大丈夫…だよ、こんなの!いつもの事だから」
心配そうに訊いて来るに、ペーやんが笑顔で応える。
が、の後ろにいる万次郎から殺意満々の目で睨まれ、またしても血の気が引いて行く。
「いや、ほ、ほんと大丈夫…です。はい…」
「なら良かった。あ、それでコレ、作って来たから皆さんで食べて下さい」
「え…?」
いきなり目の前に出された重箱を見て、ペーやんが一瞬固まる。
すると不機嫌そうな顔の万次郎が「オマエらに見張りについてもらってるし申し訳ないから、せめて夕飯だけでもってが」と思い切り唇を尖らせた。
どうやらの手作りのご飯を皆に食べさせるのすら嫌なようだ。
「え、俺らに…?」
と場地も驚いてペーが受け取った重箱を見る。
「はい。急いで作ったんで大したものじゃないけど良かったら」
「…あ…いや…ありがとう」
「いえ」
あまり言い慣れないお礼を言った場地には首を振ると「龍宮寺くんと三ツ谷くんにも分けて下さいね」と微笑んだ。
その笑顔に思わずキュンとなる三人に気づき、万次郎がムっとする。
これ以上、コイツラの相手はさせておけないとばかりに、の手を引っ張った。
「じゃあ、戻ろっか」
「あ、うん」
万次郎に手を引かれ、は照れ臭そうにその後をついて行く。
それを見送った三人は互いに顔を見合わせ、
「やべ…俺、ちょっとキュンってなったわ」
「え、場地も?俺もキュンキュンきたわ」
「いや実は俺も…キュンだよ…キュン」
と言って手に持っている重箱を見下ろした。
それは四段に重ねられ、急いで作ったというわりに量が多い。
ペーやんがそっと蓋を開けてみると、中にはオニギリが沢山入っていた。
「うお、オ、オニギリ…」
「マジ?つーか下の段はオカズじゃん」
「おぉぉ?!明太子入り卵焼きにタコさんウインナー!」
「何これ、すっげーじゃん!ポテサラのハムサンドとか美味そー!」
の作った即席のお弁当に暫し感動する三人。
「俺らの分、考えて作ってくれたっぽいな…」(場)
「ああ。なんていい子なんだ…」(パ)
「これは…ちょっと惚れるな…」(ペ)
「ああ……って、ばかやろう!マイキーに殺されっぞ!」(場)
と慌てて怒鳴る場地だったが、最後にポツリと「こりゃマジで下着泥棒捕まえてやんねーとな…」と呟いた。
一方、と一緒に部屋へ戻って来た万次郎は、未だ不機嫌そうな顔をしていた。
が洗い物をしているのを見ながら、何も皆に作らなくても…という思いがこみ上げて来る。
でも同時に、自分の仲間を大事に考えてくれるの優しさを感じ、また一つ好きが増えたのも事実。
「さ、佐野くん…?」
後ろから抱きしめて腕をお腹の辺りでホールドした万次郎は、の髪に顔を埋めた。
いつもからしている甘い香りは、万次郎の心をホっとさせる匂いだ。
「どう…したの?」
「んー抱きしめたくなった」
「…………」
すぐそばで万次郎の声が聞こえるその状態に、の頬が熱くなる。
いつもと違い、室内といった状況もドキドキを加速させていく。
「…」
「え…?」
「ありがとね。アイツらにも優しくしてくれて」
「え、当たり前だよ。だって佐野くんの大切な仲間なんでしょ…?」
「うん…俺にとっては…家族と同じかな」
「じゃあ私にとっても同じだから…。皆、いい人だもん」
恥ずかしそうに呟くの言葉は、万次郎の耳に心地よく響く。
抱きしめる腕に力を入れ、髪に埋めていた顔を上げると、髪をアップにしているせいでいつもは隠れている項が見える。
その白さと細さにドキっとして、そのまま自然にその場所へ唇を寄せた。
「ひゃ…っ」
項にちゅっとキスをされ、は飛び上がらんばかりに驚き、洗っていたお皿を落としてしまった。
ガチャンっという大きな音を聞き、万次郎はハッとしたように顔を上げると「ごめん!」と慌てて腕を放す。
「わ…私もごめんね!驚いたでしょ…眼鏡外してるからボヤケちゃって…」
「いや…大丈夫?割れなかった?」
「う、うん。大丈夫だよ?」
落としたお皿を拾って洗い直すと、はタオルで手を拭いて振り向いた。
その顔は真っ赤になっていて、どこか恥ずかしそうに視線が泳いでいる。
それを見た万次郎はもう一度「ごめん…驚かせて」と謝った。
「ううん…私も大げさに驚いちゃって―――」
「怒った…?」
「え?」
「に触れたこと…」
万次郎にそう言われ、は更に顔が熱くなったが思い切り首を振った。
目の前にいる万次郎が今どういう表情をしているのか、眼鏡をかけていないにはよくわからない。
でも何故か少し落ち込んでるような気がした。
「怒るわけ…ないよ」
恥ずかしかったが嫌だったわけでも怒ったわけでもない。
そう伝えたくてはもう一度「ちょっとビックリしただけで怒ったわけじゃないから…」と言った。
その言葉に心底ホっとしたように息を吐くと、万次郎は「……良かったあぁぁぁ」とその場にしゃがみこんだ。
「に嫌われたらどうしよーかと思った…」
「え、嫌わないよ…」
「でも驚いたろ。怖かった…?」
「ううん、怖くない」
「嫌じゃ…なかった?」
万次郎がを見上げる。
改めて訊かれ、は恥ずかしかったが左右に首を振った。
それを見た万次郎が「良かった…」とかすかに微笑んだ気がして、も慌ててしゃがむと、
「嫌じゃ…ないよ?」
「うん…良かった」
さっきよりも近くで見える万次郎が嬉しそうな笑顔を浮かべているのが分かる。
その笑顔にもホっとした。
「佐野くん…優しいね」
「え?俺が?」
「そうやって、いつも私を気遣ってくれる」
「だって…には嫌な想いも怖い思いもさせたくないし…」
困ったように眉を下げる万次郎を見て、は「ありがとう」と優しい笑みを浮かべた。
いつもは眼鏡で隠れてる黒い大きな瞳が、真っすぐ万次郎を見ていて、ドキっとしたように視線を反らす。
いつものアレが出てきて、このままではまた間違いを起こしそうな気がした。
犯人を捕まえるまで泊まり込むなんて言わなきゃ良かったかも、と一瞬後悔する。
毎晩こんな風にと二人きりでいれば、そのうちキスをすっ飛ばして押し倒してしまいそうな自分が怖い、と思ったのだ。
「えっと…」
「佐野くん」
「えっ?」
「さっき作ったババロア食べる?」
が思い出したように立ち上がり、冷蔵庫の中を確認している。
「もう固まってるよ」
それを見て万次郎もホっとしたように「うん、食べる」と返事をして立ち上がった。
はババロアをお皿に移し、テーブルに運ぶと、万次郎にスプーンを渡した。
「美味そー。、凄いね。こんなのもパパっと作れちゃうんだ」
「あ、これ簡単なの。ココアとゼラチンだけで出来ちゃう即席ババロア」
「へえ、やっぱ女の子だなあ。俺の妹もよくアレコレ作ってっけど全部ケンチン行きだし」
「え、佐野くん、妹さんいるの?」
「あーうん。母親は違うけどね。一つ下の妹がいる」
「佐野くんの妹さんなら可愛いんだろうなあ」
「え、の方が数百倍、可愛いよ」
「え…そ…そんな事は…ないと思うけど…」
「いやマジでの方が可愛いから」
そう言いながら美味しそうにババロアを食べる万次郎を見て、佐野くんの方が可愛いと思うけど、とは思った。
こうして見ていると暴走族の総長をやっているようには見えない。
(どうして…暴走族をやってるんだろ…)
ふと気になった。
バイクが好きだと言うのは知っているが、その好きになったキッカケを知りたい、と思う。
いや、バイクの事だけじゃなく。
自分と会っていない時の万次郎はどんな人なのか、仲間と一緒にいる時の万次郎はどんな感じなのか。
もっと万次郎の事が知りたい―――。
改めてそう思った。