09.XOXO❹



今夜も日が落ちてからのマンションに集まった東卍の幹部たち。
急に呼ばれた昨日とは違い、今日はそれぞれ夜の見張りに"必要だな"と思ったものを持参していた。

「場地、何ソレ」(三)
「あ?虫よけスプレーだよ。夕べめちゃくちゃ蚊に噛まれたっつーの。そういう三ツ谷は何だ、その袋」(場)
「いや俺も噛まれたから…ジャジャーン。やっぱ蚊にはコレっしょ」(三)
「蚊取り線香丸ごとかよ!しかも豚さんじゃん!」(場)
「可愛いだろ?妹達がコレ欲しいっつーから買ったヤツ。で、ドラケンは?」(三)
「俺はこれ。湿気でベタつくの嫌だし」(ド)
「は?"ベタつく汗の匂いの元をスッキリふき取る"メンズ用ボディシート…って、オマエはお洒落さんかっ」(場)

とドラケンに突っ込み、場地はふと後ろにいるペーパーコンビを見た。
二人は何やら大きい物を背負っている。

「オマエら、それ何?」
「コレか?コレはだな…」(パ)
「ドーン!椅子とテーブル!」(ペ)
「ってキャンプセットかよ!」(ド)
「だってコンクリートの上に座ってたらケツ痛くなってよ~」(パ)

だからって他人のマンションの屋上に何を持ち込んでんだ、とドラケンは白目になった。

「言っとくけど遊びじゃねーんだからな?」
「わーかってるって、ドラケン!ザ・下着泥棒という名の変態をシバき倒そう大作戦!」(パ)
「そのまんまじゃねーか!マイキーくらいネーミングセンスねーな、パーは」(ド)
「当たり前だろ!パーちんの脳みそは空気だぞ?!」(ペ)

さりげなく一番酷い事を言うペーやんに皆も苦笑いを浮かべたが、当の本人は気にする事なく椅子とテーブルをセットすると早速持ってきたお菓子を並べている。
その量は昨日の倍はあった。

「で、今日こそ"餌"は用意してあるんだろうな?」

と場地が聞くと、ドラケンも「バッチリ」と親指を立てる。

「さっきエマに下着泥棒が食いつきそうなヤツ買ってきて貰ったから大丈夫だろ」
「なるほどね。結局新しく買ったのか」
「そりゃーのはマイキーが絶対嫌だって言い張ってたからな」
「ま、当然だろ。自分の彼女の下着を他の男の目に晒すなんて嫌に決まってる」

意外にも場地は真面目な顔で応えると、先ほどが持ってきた"本日のお弁当"なるものが入った袋へ目を向けた。
連日見張りをしている皆を気遣い、暑くなってきたからと色々な飲み物なども買って来てくれたようで、場地は改めていい子だな、と思った。

「恋をすれば無敵のマイキーもただの男ってわけだ」

三ツ谷が楽しげに笑いながら言った。

「俺もに餌付けされそー」
「右に同じく」
「俺、左に同じくね!」

と三ツ谷、場地に続いてペーやんも張り切って手を上げて「バカやろ。はマイキーの彼女よめだ」とパーちんに小突かれている。
人相は悪いが皆、気心の知れた仲間内では気のいい奴らだ、と場地は苦笑した。
暴走族をやってれば自然と色眼鏡で周りは見て来る。
学校へ行けば教師や他の生徒達も例外ではなく、特に優等生などはまるで人生の落後者と言わんばかりの目で見て来るヤツもいる。
中学で留年を経験した場地はそういう人種が意外にも多いと気づかされたりもした。
でもその類の人間と同じ枠で生きていそうなは、好きな相手に万次郎を選んだ。
それだけでも驚いたが、万次郎の仲間である自分達にまで分け隔てなく優しくしてくれる。
これは何気に凄い事だと場地は思った。
は素直な性格なのか、ごく自然に物事を見ていて自分の周りにいる人間に対してラインを引かない。
そしてお年寄りを助けるために不良崩れの男達に啖呵を切る度胸の良さもある。
目の前で困っている人がいるから助けたいという気持ちのみで動ける優しさもある。
後先考えない無鉄砲な所は優等生と不良という違いがあっても自分達と似ているものがあるな、とドラケンからその話を聞いた場地は苦笑いしたものだった。

(ま、マイキーが惚れるのも分かるな)

腕っぷしが強いわけじゃなくても、の心の真ん中には強く揺るがない一本の芯がある。
流されやすい人間が多いこの世の中で、譲れないモノの為に強い相手に立ち向かっていける人間は意外と少ない。

「将来、いい女になりそうだな…」
「…ん?何か言ったか?場地」
「いや…何でもない」

パーちんとジャレていたドラケンがふと振り向き、場地が笑顔で首を振ると、ドラケンは「ほら」と缶コーヒーを放って来た。
それは綺麗な弧を描き、場地の大きな手へと収まった。








夕食後、がお風呂に入っている間、万次郎はエマに買ってきてもらった"餌"をベランダにセットし、怪しまれないよう他の衣類も数枚かけて囮の準備は整った。

「これでよし、と」

わざと下着が見えるように干しておけば、今夜こそ喰いつくかもしれない。
とっとと犯人を捕まえて早くを安心させたかった。
と、そこへが風呂から上がったのか、バスタオルで髪を拭きながらリビングへ戻って来た。
いつもの制服とは違い、可愛らしい夏用のルームウエアはセットなのか、中にキャミソール、下はショートパンツで薄手のガウンがお揃いの模様になっている。
当然の事ながら万次郎の目がハート型になりそうなくらい輝いた。
もしかしたらオムライスの旗を見た時よりもテンションが上がったかもしれない。(!)

、かっわいー!その服!すっげー似合ってる♡」
「…え?あ…ありがとう…」

いきなり褒められたは照れ臭そうにお礼を言いながら、先月一緒に買い物へ行った際にこれを選んでくれた愛子に心の中で感謝しておく。
でもあの時はまさか一か月後、初めての彼氏が出来てこれをお披露目する事になるとは思ってもみなかった。

「佐野くんもお風呂入らない?」
「あ、風呂はケンチンの家で入って来たから大丈夫。それより髪、乾かしてあげる」
「えっ?い、いいよ…自分で―――」
「いーからいーから」

万次郎はの手からドライヤーを奪うと、彼女をソファの下へ座らせて自分はソファに腰を掛けた。

「前は時々妹の髪、乾かしてやったんだよねー」
「妹って…エマちゃんだっけ」
「うん。アイツ、子供の頃は乾かすの下手くそで、いつも髪があちこち湿ったままで朝になるとめちゃくちゃ寝ぐせになってたからさ」

万次郎は思い出したように笑いながらドライヤーのスイッチを入れると、の髪全体に熱風をあてながら手で解していく。
美容師の人以外で髪を乾かしてもらうのが初めてのは、少しドキドキしながら目を瞑る。
彼氏に髪を乾かしてもらう行為が地味に照れ臭いというのを、は経験して初めて分かった。
気づけば正座をしていて、万次郎の指が地肌に触れるたび鼓動が速くなり、膝の上に置いた手をぎゅっと握り締める。

の髪ってさらさら~。ブローしなくても変なクセ出ない」
「あ…うん。三つ編みにしてもクセがつかないから子供の頃はふわふわヘアーに出来なくて悲しかったけど」
と同じで素直な髪なんだ」

万次郎はそう言って笑うと「はい、出来た―」とドライヤーのスイッチを切った。

「あ、ありがとう」

と言って立とうとしたが足が痺れて少しだけよろけそうになった。
だがすぐに万次郎がそれを支えると「こっち来て」との腕を引っ張り、自分の足の間へと座らせる。
そのまま後ろから抱きしめるとは驚いたような声を上げた。

「さ…佐野くん…っ?」
「んーの髪、いい匂い…。俺この匂い好きなんだよね」
「匂い…?」
「うん。最初に会った時もこの匂いがしてドキっとしたなーと思って」
「ただの…トリートメントの匂いだよ…?」

何となく恥ずかしくては笑いながら言ったが、万次郎は「それがいーの」との髪に顔を埋めた。
不意に首元へ密着され、の心臓がドクンと音を立てる。

「香水プンプンの匂いより、断然こっちの方がドキっとさせられる」
「そ…そーなの?でも佐野くんもいつもいい匂いがするよ」
「え、俺?何もつけてねーけど…」
「何かね、甘くていい匂い」
「……それ甘いもんばっか食ってるからかな。今日もここ来る前にどら焼き二個食べちゃったし」

万次郎は顔を上げての体を自分の方へ向けると「さっきはが作ってくれたカップケーキも食べちゃったしね」と笑う。

「佐野くん、ほんと好きだよね、甘い物」
「え、変?」
「ううん。私も好きだから嬉しい。佐野くんいっぱい食べてくれるから作り甲斐あるし。今度たい焼き作ってあげるね」
「え!作れるの?!」

万次郎が驚いたように顔を覗き込むとが笑いながら頷いた。

「実はウチにたい焼き器があるんです」
「え、嘘」
「子供の頃、お母さんがよく作ってくれたからレシピもあるし簡単だよ?」
「何か、すげー。俺の好物、何でも作れそう」
「あ、どら焼きも作った事ないけど出来るかも」
「えー!マジぃ?」

万次郎の中でそれらを家で作るというイメージがなく、かなり驚いている。
逆には幼い頃からお菓子作りの得意な母親が作るのを見ていた為、だいたいの物はいつも手作りだった。

「俺、めっちゃ幸せかも」
「え、大げさだよ」

感動している万次郎を見てが笑った。
それでも万次郎は嬉しそうな笑みを浮かべながらとんでもない事を口にした。

「だって彼女が俺の好きな物作れるって最高じゃん。今すぐ奥さんになってもらいたいくらい」
「……奥…さん?」

その響きにの頬が赤くなる。
将来、好きな人と結婚して、その人の奥さんになる―――。
それは女の子なら誰もが憧れる漠然とした夢だ。
今のの年齢で考えるにしても、それはあまりにリアリティに欠けている。
でも実際好きな人からそんな言葉を言われたら、例え冗談でも少しくらいは想像してしまう。

(佐野くんの奥さん…。もしそうなったら…佐野…?)

相手の苗字と自分の名前を組み合わせる。
恋をしたら誰でも一度は考えるであろう、その"恋愛あるある"をも考えて思わずニヤケそうになる。
また、万次郎も似たような事を考えていたのか「佐野って響き綺麗じゃない?」と言ってニヤケていた。
ここにドラケンがいたら確実に「オマエら気が早ぇー!」と突っ込んでいたに違いない。
が、そこで万次郎は大事な事を思い出した。

「やべ…もうこんな時間だ。そろそろ用意しとかねーと」
「え?あ…ほんとだ」

窓の外を見ればすでに日は落ちて真っ暗になっている。
万次郎はにリビングの電気を消すよう頼むと、ベランダにある囮へ目を向けた。
下着泥棒が来るとしたら暗くなってから深夜までの間だろう。

「今日、来るかな…」
「分かんねーけど…ああいうのって常習性が高いってケンチンが言ってたし、また同じ家に盗みに来る可能性は大いにあるかも」

真っ暗なリビングの中、二人はベランダの見える位置―――ソファの後ろへ隠れて下着泥棒が来るのを待つことにした。
念の為、敢えて窓は全開にしてある。
もし犯人が現れればすぐ飛び出せるし、万が一あらぬ欲を出して不法侵入でもしてくれれば更に重たい罪へ問えるとドラケンが考えたものだ。

「もし犯人が外部の人間で侵入するのに屋上へ現れたらアイツらが捕まえてくれるし、内部のヤツ、特にこの階と上下の階から来たなら俺が絶対捕まえられる。大丈夫だよ」

少し不安そうにしているを安心させるように万次郎が微笑むと、もすぐに笑顔になった。

「ごめんね、佐野くん…。こんな事に巻き込んじゃって…」
「何で謝るんだよ。は悪くねえし。悪いのは犯人じゃん」
「そうだけど…」
「それに俺は巻き込まれたとか思ってないから。つーか自ら望んで巻き込まれたんだし」
「え…?」
「そもそも俺だって見た事ないのにの下着を他の男が持ってると思うだけでイライラするし捕まえないと気がすまねえ…」
「……っ?!」

ブツブツと本音をぶちまける万次郎に、の顏が真っ赤になる。
今が暗闇で良かった、と思いながらもはそんな万次郎の気持ちが嬉しかった。
それににとっても見知らぬ男に自分の下着をコレクションされてるかと思うと気持ち悪くて仕方ない。
でも万次郎やドラケンといった仲間が、その犯人を捕まえてくれると言っている。
は頼もしいな、と思いながら隣にいる万次郎を見た。

「ありがとう…佐野くん」
「え?」

万次郎は視線をベランダから隣にいるへと移す。
が、不意にイタズラっ子みたいな笑みを浮かべると、

「……お礼なら言葉より…ここに欲しいかなぁ」
「…ここ?」

がふと顔を上げると、万次郎は自分の唇を指さしながらニッコリ微笑んでいる。
その意味を瞬時に理解したはカッと頬が熱くなるのを感じた。
ついでに今朝の事をまた思い出して心臓が一気に早鐘を打つ。
少しの期待をして言ったものの、万次郎は目の前で固まってしまったに気づくと悲しげに、

「やっぱダメか…。じゃあ…今回はここで我慢してあげる」

と、今度は自分の頬を指さした万次郎に、は一瞬言葉に詰まったが、頬くらいなら…と覚悟を決めて小さく頷いた。

「え、いいの?」
「き、聞かないで…」

たかがホッペ、と笑われそうだが、キスもした事のないにとってはこんな事を自分からするのはやはり勇気がいる。
は小さく深呼吸をすると万次郎の方へ向き直り、両手を恐る恐る万次郎の肩へと置いた。
その瞬間、万次郎もドキっとしたように肩が僅かながら跳ねたのを感じ、万次郎の緊張がにも伝わって来た。

(ど…どうしよう…佐野くんも何か緊張してる…?っていうか緊張されると私も更に緊張しちゃうんだけど…)

と言って向かい合って肩に手まで乗せてしまった以上、やっぱりやめるとも言えない。
幸い今は眼鏡を外しているせいで視界がボヤけている状態だ。
あげく電気を消して真っ暗なおかげで、こうして目の前にいても万次郎がぼんやりと見えるくらいだった。
これなら頬に軽くキスをするくらいなら恥ずかしいのを我慢すれば出来そうだ、とは思った。

そして万次郎はが察した通り、向かい合って肩に手を置かれた瞬間から自分でもビックリするくらいに緊張感が増していた。
暗闇の中、好きな子がすぐ傍にいるだけでも危ういのに今のは更に可愛らしいルームウエアを着ていて。
薄手のガウンの中のキャミソールが先ほどからチラチラ見えるのも目に毒だが、最悪なのは下がショートパンツでの色白な太ももが惜しみなく出されている事だ。
着替えて出て来た時からすでに目のやり場に困っていた万次郎にとって、この距離でが頬とはいえキスをしてくれる、と思うと心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかと思うくらいにはドキドキしていた。
自分から仕掛けたはずなのに、言わなきゃ良かったかも、と一瞬でも思ってしまうほど自分の理性が持つかどうか心配だった。

は覚悟を決めてゆっくりと身を屈めると、万次郎の頬へ顔を近づけていく。
万次郎もそれに気づき、なるべくの方を見ないように視線を僅かに外した。
そしてもう少しで頬に触れる距離まで近づいた、その時。
窓の外でゴロゴロっという嫌な音がした瞬間、辺りが青白く光ったの同時にドーンという雷の音が響いた。

「きゃぁぁぁっ!」
「―――ッ?!」

その予告なしの雷鳴に、大の雷嫌いなが驚いた。
そしてその悲鳴に万次郎も驚いたが、更に驚いたのはが突然抱き着いて来たことだ。

「お、おい…?」

自分の首に腕を回し、しがみついて来るの背中をポンポンと叩く。
そこで一番最初に出逢った時もこんな風になった事を鮮明に思い出した。

(そっか…、雷が凄く苦手だって言ってたっけ…)

未だに外からは嫌な音が聞こえていて怖いのか、は万次郎にしがみついたまま震えている。
雨はまだ降って来ないが、もしかしたら雷雲だけが発生してるのかもしれないな、と万次郎は思った。

…大丈夫だって。マンションには避雷針があるし部屋には落ちないから」
「ご…ごめんね…。分かってるんだけど音が…怖くて…」

は申し訳ないと思ったのか、震える体をゆっくりと離していく。
それに気づいて万次郎は「いいよ、このままでいて」との体を引き戻そうとしたが、が軽く首を振った。

「だ…大丈夫…えっと…さっきの続き…」
「え…?」
「ホッペに…」
「あ…」

お礼のキスの事を言っているんだと気づいた万次郎は、ふと至近距離に見えるを見た。
雷が相当怖かったのか、の瞳は暗闇でも分かるくらいに潤んでいてゆらゆらと揺れている。
その瞳を見ながら、万次郎は不意に笑みを零すと、

「…やっぱりさ」
「…え?」
「お礼はこっちがいい」

そう言った瞬間、万次郎はの背中に回していた腕に力を込めて自分の方へと少しだけ引き寄せた。
そうする事で二人の距離が無くなり、万次郎は身を屈めてゆっくりと唇を重ねた。

「―――ッ」

突然の、それも初めてのキスに、の思考回路が完全に止まった。
万次郎は触れるだけのキスを角度を変えながら何度となく繰り返す
その唇の柔らかさが脳まで到達した時、はふと我に返った。

(わ…私…キ…キキス…されてる?!)

頬にするはずが気づけば唇に、それも万次郎の方からキスをされている状態で、全身が一気に熱くなる。
気づけばの体はソファの背に押し付けられ、万次郎の手が頬から移動し髪に指を通すと、頭の後ろで固定された。

「…っ…ん」

知らないうちに息を止めていたは苦しくなり「さ…佐野…くん、待っ…て」と僅かに唇を離す。
だがそれを追うように再び万次郎の唇が重なり、熱を持った全身が更に熱くなっていく。
心臓が尋常じゃない程に早鐘を打っていて、の額にじんわりと汗が浮かんで来た。
万次郎の胸元を掴むだけで精一杯だ。

「…んっ」

ゆっくりと離れたと思った瞬間、ペロリと唇を舐められが小さな声を上げる。

「…

万次郎に名前を呼ばれるだけで勝手にドキドキが加速していき、呼吸もかなり苦しい。
かすかに聞こえる雷すら、すでに気にならなくなっていた。

「…やっとにキス出来た」
「…さ…佐野くん…あの…」

額をくっつけながら呟く万次郎にドキっとして、はふと視線だけを上げた。

「嫌だった…?」

万次郎は少し心配そうな顔をしたが、は慌てて首を振る。
嫌なわけじゃない。ただ本当に驚いたのと苦しいのと恥ずかしいという気持ちで最初は少し混乱しただけだ。
でも初めてのキスが想像以上にドキドキして、好きな人の唇が触れるだけでがこんなにも心が満たされるものなのかと思った。
その時、万次郎の指がの顎にかかった。

「…あの―――」
「もっかい…してい?」
「…ぇ?」

ドキっとして見上げれば、万次郎の熱を帯びた瞳と目が合う。
これ以上逃げられないくらいにソファの背に背中をつけていたは、ただ万次郎を見つめる事しか出来ない。
まさに蛇に睨まれた蛙状態だ。

…?」

確認するように名前を呼ぶ万次郎には恥ずかしくて目を伏せながらも小さく頷く。
同時に顎を持ち上げられ、今度は少し強引に唇を塞がれた瞬間、大きく鼓動が跳ねた。

「……んっ」

先ほどの触れるだけのキスよりも少し唇が交じり合うような口付けには思わず万次郎にしがみついた。
初めて聞く自分の口から洩れた声に、は恥ずかしさのあまり唇を僅かながら離すと、万次郎の手がの頬を固定した。

「さ…佐野く…恥ずかしい…」
…」

とキスの合間に名を呼び、また唇を重ねる。
そして細い首筋にも唇を押し付けると軽くその場所を吸い上げた。
チクリとした痛みにの肩が跳ねると「俺のって印」とイタズラっ子のような笑みを浮かべて、最後にもう一度唇へ軽くキスを落とす。

「…印……?」

その意味が分からず、は乱れた呼吸を整えながらも言葉を絞り出すと、万次郎は意味深な笑みを浮かべるだけで、再びキスをしようと唇を近づけた。
が、その時、またしても大きな雷鳴と共に窓の外が青光りして、二人がハッとしたようにベランダへ目を向ける。

「「―――ッ?」」

そして二人は思わず息を呑んだ。

青い雷光の中、ベランダには見知らぬ男が立っていて、まさに下着へ手をかけている瞬間だった―――。