17.Night & Day ❹



それはDVDボックスの端っこに入っていた。
映画ではなく、テレビで放送したのを録画したものらしく、中身はいわゆる視聴者の恐怖体験を再現ドラマにした番組だ。
夏になると恒例行事のように放送されるその番組を、真一郎は毎年きちんと録画をしていたようで、万次郎も以前、真一郎やエマと一緒に見た事がある。
万次郎がそれを選んだのは、が実話というワードに興味を示したというのもあるが、若干の下心も入っていた。
と言うのも、この再現ドラマ、丁寧に作られているので再現と言えど、なかなかに怖い。
そうなれば怖がりだというが確実に密着してくれるだろうという、男の子らしい下心だ。
なので古い日付のものから見ていたのだが……。

「ひゃぁ!ビ、ビックリした…」
「ねー?今の登場の仕方は反則だよー」
「…何でエマまで見てるわけ?」

ソファで寝転がり、これでもかと言うほど目を細めた万次郎は、目の前でエマに密着しているを見て溜息をついた。
二人はソファを背もたれにして仲良くカーペットの上に座ってドラマを見ている。
せっかく二人で甘い時間を過ごしていたところへ、またもや乱入してきた妹に無言の圧を送りながら、万次郎はの作って来てくれたたい焼きをやけ食いするかのように頬張った。

「そんな仏頂面しながら食べないでよ、マイキー。これ見たら戻るから」
「…とか言って、まーた戻ってくんだろ。どーせ」
「…う…」

エマは僅かに顔を引きつらせ、サっと視線を反らした。
エマの不自然な態度に気づいた万次郎は更に目を細めると「他にどんな用があんのか今のうちに言ってけ」とエマの後頭部を小突く。
どうやら、この妹、小さな用事を小分けにして言いにくる事で、何だかんだ万次郎の部屋へ来ようとしているようだ。

「えっと…お風呂沸いたから先にどーぞ…」
「あとは?」
「あ、あとは…カレー作ったからお腹空いたら…」
「それは風呂の後で食べる。あとは?」
「……ない、です」

万次郎の圧に耐えながら応えていたエマだったが、他にこれと言って用が見つけられなかった事で素直に終了した。
エマにしてみれば、あのバイクとチームの事しか興味のなかった万次郎に初めての彼女が出来た事は衝撃的だったのもあるが、彼女が自分と同じ歳、それも素直でいい子という事もあり、仲良くしたくて仕方ないのだ。
兄の彼女と友達になるという少女漫画みたいな関係に憧れていたのもある。
真一郎の時は叶わなかったし、万次郎も彼女を作る気はなさそうだった事もあり、エマはそういうシチュエーションは諦めていた。
なのに突然、万次郎に可愛い彼女が出来て、しかもエマがビックリするほどの溺愛っぷりなので、少しだけ兄に意地悪をしたいという気持ちがない事もない。
でも不機嫌そうな万次郎を見ていると、これは本当に邪魔しない方が良さそうだとエマも内心苦笑した。

「じゃあ。ウチは戻るね」

ちょうど再現ドラマの一話目が終わったところで一時停止を押して、エマは渋々立ち上がった。
万次郎は明らかにホっとしたような顔をしたのが、エマにしてみれば自分を邪魔扱いばかりする兄が少し憎たらしい。
僅かに唇と尖らせ、エマが部屋を出ようとした。だがその時、万次郎は寝転がっていた体を起こし、

、エマと一緒に母屋行って先に風呂入ってきなよ」
「え?」
「もう後は寝るだけにしてコレ見ようぜ」
「あ、うん。そうだね」

自分の部屋が母屋と離れている為、何度も行き来をするのが面倒だと言う理由で、万次郎は普段からやる事を先に終わらせ部屋で寛ぐようにしている。
そこに気づいたも素直に頷くと、持ってきたバッグを手にエマの方へ歩いて行った。

「あ、じゃあお風呂場に案内するね」
「うん、ありがとう。エマちゃん。じゃあ佐野くん、お風呂行ってきます」
「あ、俺その間に飯食っちゃうから、上がったら声かけて」

散々たい焼きを食べたクセに、と思いながら、エマはと一緒に母屋へ歩いて行く。
夜空を見上げると、夏らしくだいぶ高い位置に星が光っているのを見上げながら、エマはふと隣を歩くを見た。
自分と同じくらいの身長なのに、体重は半分しかないんじゃないかと思うくらいに細身で、少し羨ましい。

ちゃん、細くていいなぁ」
「え?」
「ウチ、すーぐ太っちゃうから」
「エマちゃん、太ってないよ?私からすると細いのに胸も大きくて羨ましいもん」
「えー細くないよー。マイキーなんか、いっつもポッチャリしてきたなってからかうしさー」
「私からすると出るとこ出ててスタイルいいなあって思うけどな。私なんか全然胸が育ってくれない」

は笑いながらも、ただ細いだけの自分の身体を見下ろした。
まだ14歳だし、これからだと思いたいが、亡くなった母、そして父方の祖母まで細身なのを見ていると遺伝子的に胸が育ってくれるのかは怪しいところだ。
エマは「胸が育つと太って見えるし着る服も限られるしいいことないよー」と言いながら、不意に意味深な笑みを浮かべた。

「っていうか胸を大きくしたいならマイキーに揉んでもらえばいいんだよ」
「……ぇっ?」
「マイキーなら喜んで揉んでくれるって。でも揉むだけじゃ済まなくなるだろうけど♡」
「…エ…エマちゃん…ッ」

突然とんでもない事を言いだしたエマに、の顏が一瞬で赤くなる。
同じ歳でもエマの方がよりも数倍ませているようだ。

「うわーちゃん、顔真っ赤…。やっぱマイキーとはエッチしてないの?」
「…し、してない…」

慌てたように首を振るを見て、エマは楽しそうに笑い出した。

「かわいそーマイキー。あんなにちゃんにベタ惚れなのに我慢してんのかな。マイキーの辞書に我慢なんて絶対ないのに」
「が、我慢…って…」
「あ、それともちゃん、まだ怖いって感じで拒否ってるとか?」
「……う…で、でも佐野くんも別に何もしてこないし…」
「うっそー!マイキーまだキスしかしてこないって感じ?押し倒して来たりは…」

エマの問いに再び首をぶんぶん振ったは、振りすぎてクラっとしてきた。
恋愛初心者のにはかなり刺激が強い会話だ。
エマはその手の話に慣れてるのか「そっかぁ」と頷きながらも、真っ赤になって俯いているの顔を覗き込んだ。

ちゃんはさー。マイキーとエッチしたいって思わないの?」
「…えっっ」

どんどん内容が過激になっていくエマに、は風呂に入る前から逆上せそうなほどに顔が熱くなっている。

「エ…エ…エッチなんて…まだ…よく分かんないし…」
「えー?そうなの?ウチはさ~早く処女捨てたいんだぁ」
「……しょ…っ?」

更にぶっこんで来るエマに、顏の熱が上昇したはクラクラしてきた。
エマはそれでも笑顔を見せると「あ、そーだ!」との手を掴んだ。

「この際だから一緒にお風呂入ろ」
「え?」
「もっとちゃんと話したいけど、また部屋に行ったらマイキーキレそうだし、こんな話も出来ないからお風呂入りながら話そうよ。ダメ?」

可愛くお願いをして来るエマを見て、は「う、うん」と笑顔で頷いた。
万次郎の妹と仲良くなれたのは、にとっても嬉しい事なのだ。
エマは思った以上に喜ぶと、すぐにの手を引いて母屋の風呂場へ向かう。
キッチンにある勝手口から中へ入り、茶の間に続く廊下の左奥に佐野家の風呂場があった。

「うわ、広いねー」
「古い造りだから無駄に風呂場が広いんだよね」

エマは脱衣所でサッサと服を脱いで風呂へ入って行く。
目の前であまりに潔く服を脱いでくエマにドキっとしつつ、も着替えを出してから服を脱ぎ、自分のバスセットを持って風呂場へ入った。
そう言えば誰かと風呂に入るのは小学校の時に愛子と入って以来だった事を思い出す。
エマはシャワーを思い切り出して浴室内を温めると、シャンプーなどをへ渡した。

「私、先に体洗う派。ちゃんは?」
「あ、私は髪かな」
「あ、じゃあ洗いっこしようか」
「えっ」
「まずは私がちゃんの髪を洗ってあげる」
「あ…ありがとう」

張り切っているエマを見ていると断り切れず、は素直にお願いする事にした。

「うわーちゃんの髪ってサラサラ。いいなぁ」
「でもふわふわに出来ないから困るんだ」
「いいよ、ちゃんはこのままで。凄く綺麗な髪だもん」

エマは楽しげに話しながらの髪を上手に洗っていく。
も気持ち良さそうに目を瞑ると、ふと先ほどの会話を思い出した。

「でもどうしてエマちゃんは早く…その……アレ…捨てたいの?」
「え?アレ?あ…処女?」
「う、うん…」

その単語すら言いにくそうにしているを見て、エマは笑いを噛み殺した。
彼女がこんなに照れ屋だと万次郎も苦労しそうだ、と少しだけおかしくなる。

「んーウチはドラケンの為、かな」
「龍宮寺くんの…?」
「やっぱ経験あった方が喜ぶじゃない、男って」
「え、そ、そうなの?」
「あ、でもマイキーは別だよ。例え過去でもちゃんが誰かとエッチした事あるってなったら絶対にブチ切れるから」
「………」
「あ、また赤くなってる?逆上せちゃうよー」

薄っすら耳が赤くなったのを見て、シャワーのせいだけではないと気づいたエマがケラケラと笑う。

「でもドラケンはさー。やっぱり色々経験あるだろうから、そこはウチも処女じゃ太刀打ちできないというか…」
「え、そんなこと…」
「ううん、あるの!ドラケンに寄って来る女どもは年上の色気むんむん系が多いから、ああいうの見ると焦っちゃって」
「エマちゃん…」
「ほら、暴走族やってると集会の時とか、ミーハーなヤンキー娘が群がってくるんだよ、未だに」
「え、そうなの…?」

その話を聞いては少し驚いた。
の中では暴走族の集会と聞けば男だらけのイメージがあったのだ。

「あ、でも心配しないで。前はマイキーもそういう子達が寄って来てたんだけど、マイキー全然興味示さなくて冷たくあしらってたら今はそんなに群がって来る事はなくなったから」
「え?あ…うん…」

一瞬、万次郎に女の子が群がってる場面を想像したは、エマの言葉を聞いてホっとした。
未だによく知らない世界ではあるが、やはり好きな人の周りに女の子が群がっていると聞けば少しは心配になってしまう。
特に最近まで恋愛とも不良とも縁遠い世界に生きて来た事で、万次郎を退屈させていないか不安になる事は未だにある。
前に万次郎にそう話した時、そんなわけがないと言ってくれたが、それでも多少考えてしまうのだ。
そこでエマの気持ちも何となくわかる気がしてきた。

「エマちゃんは…龍宮寺くんとその…そういう関係になりたい…の?」

おずおずと尋ねてみれば、エマは満面の笑みを浮かべた「うん」と即答した。

「ウチ、ドラケンが大好きだから早く彼女になりたいし、身も心もドラケンだけのものになりたい」
「そ……そっか」

あまりに堂々と言い切るエマに、の方が照れてしまった。
でもハッキリとそう言えるエマが羨ましいと思う。

「でもドラケンは相変わらずチームとかバイクの事で頭がいっぱいで、全然こっち見てくれないからさー。こうなったら色仕掛けするしかないって思って、そしたら処女じゃなーって思ったの」
「え、で、でも龍宮寺くんだってエマちゃんが初めての方が嬉しいんじゃない…?」
「え~絶対面倒だって思われるよー。だから誰でもいいから早くエッチして処女捨てないと」

エマはとんでもない事を言い出し、さすがにもギョっとした。
初体験は女の子にとって凄く大切なものというイメージがある。
特にエマはすでに大好きな相手がいて、相手もエマの事が好きなのだ。

「だ、誰でもって…ダメだよ。そんな…」
「いいのいいの。それよりちゃんもマイキーに早く処女あげてね。そしたらマイキー毎日機嫌良くなりそうだし」
「あ…あげてねって言われても…」

エマほどまだ心の準備が出来ていないにとっては、あまりにハードルが高いお願いだ。
その辺の知識が乏しいにとっては怖いと言うより恥ずかしいという気持ちの方が先に来る。
こうしてエマとか愛子と一緒にお風呂に入って裸を見せ合うのは平気でも、男の子、それも大好きな男の子に自分の素っ裸を見せるなど、考えるだけで倒れそうだ。
エマくらいスタイルが良ければ、まだ勇気を出せそうな気もするが、今の自分の身体ではそんな勇気すら持つ前に萎んでしまう。

(もう少し胸があればなぁ…)

ふと鏡に映る自分の胸と、後ろにいるエマの胸を見比べる。
そして少しだけ落ちこんだ。

「ん?どうしたの?ちゃん。何か落ち込んでる?」

シャワーでトリートメントを落としながら、どことなくヘコんだ様子のに気づき、エマが顔を覗き込んで来る。

「ううん…ただエマちゃんは何を食べてそんなに胸が大きくなったのかなぁ…って」
「え~?別に特別なものは何も…。あ、まさかまた小さいって気にしてんの?」
「だ、だって…」
「だーいじょうぶだってば。ちゃんの肌、透明感ヤバいし胸だって形も綺麗で全然悩むようなことないよ」
「………そう…?」
「そーだよー。心配なら一回マイキーに見せてみたら?私のオッパイ小さい?って。きっと鼻血出すよ、マイキー」
「…で、出来ない、そんなこと!」

ゲラゲラ笑いだすエマに、はやはり首まで真っ赤になった。






一方、万次郎は二人が仲良く風呂に入っているとは露知らず。
ベッドのシーツや真新しいタオルケットなどを出して交換したり整えながら何やら考え込んでいた。

「やっぱ同じベッドで寝るってのはマズいか…?いや、俺がマズいな、やっぱり」

そんなつもりで家に泊まりに来てと頼んだわけじゃないが、やはり大好きなと同じベッドで並んで寝れば何をするか分からない。
自分で自分が信用できない万次郎は、だけベッドで寝てもらおうと思った。
自分はソファで寝れば問題ない。だいたい普段もテレビを見ながらソファで寝てしまう事は多々ある。

「これでよし、と。んじゃー飯食ってこよ」

ベッドを綺麗に整え終えた万次郎は離れを出て母屋へと歩いて行く。
だがその時、女子特有の甲高い話し声が響いてきて、ふと足を止めた。
万次郎の部屋から母屋へ行く途中に風呂場があり、窓がちょうど通り道に面している
声はその風呂場の窓から漏れ聞こえていた。

「は?まさかエマのヤツ、と一緒に風呂入ってんの…?」

ギョっとして足を止め、万次郎は足音を忍ばせながら窓へと近づく。
佐野家の風呂場の窓は換気をするのに、いつも僅かに開けている。
敷地内に面している為、覗かれる心配もないからだ。

(何でエマがと風呂入ってんだよ…)

二人がそこまで仲良くなってくれた事は嬉しいが、万次郎としては会ったばかりで一緒に風呂に入れる女子同士の関係に少し嫉妬をしてしまう。
それでもから誘うはずがないのは万次郎でも分かる。
これはエマの方が言い出したな?と内心舌打ちしながら耳を済ました。
エマが兄の余計な話をしていないか確認しようと思っただけだった。
すると「―――でもちゃんが心配するほど小さくないから大丈夫だって」というエマの声が聞こえて来た。

(心配するほど…小さくない?何の話だ?)

が何か小さい事に悩んでるのかと気になり、更に窓に近づき中の会話に集中する。

「そ、そうかな…」
「そーだよ。そんなのそのうち大きくなるし人によって個人差があるもんでしょ」
「うん…そうだね」

(そのうち大きくなるもので個人差があるものって…何だ?)

二人の会話の内容がよく分からず、万次郎は首を傾げつつも未だ続く会話に耳を傾ける。

「でもさーちゃんのオッパイ、ほんと綺麗で羨ましい」
「ひゃ…さ、触らないで」
「いーじゃん。女の子同士なんだしー♡」

「―――ぶっ」

いきなり万次郎が聞いてはいけないワードが耳に飛び込んで来た事で、危うく声を出してしまうところだった。

の…オッパイ?!エマのヤツ、見てんのか!いや、つーか触っただろ、アイツ!)

一緒に風呂に入ってる時点で見てるのは当たり前なのだが、その上触ったらしい会話が聞こえて万次郎はムラ…いやイラっとしてきた。
彼氏の自分より先に、例え妹でもの身体に触るなど許せん、といった感じだ。
ついでに声だけ聞こえて来ると言うのも、なかなかに良くない。
頭の中でいけない妄想が難なく繰り広げられてしまうからだ。
想像した瞬間、一気に顔が熱くなってしまった。
これは聞いていたらダメなやつだ、と万次郎は気づき、そっとその場を離れようとした。
その時、またしてもエマの声が風呂場に響く。

ちゃん、意外と敏感なんだねー。ちょっと触っただけで乳首が勃ってきたー」
「きゃ、変なとこ触んないで…っ」

「―――ッ??!」

過激なガールズトークを聞いてしまった万次郎の脳内にエロい妄想が広がり、危うく鼻血が出そうになったのは内緒の話。





お風呂の後に食事も終えて後は寝るだけの準備をしてから離れに戻って来た二人は、先ほどのドラマではなく――やはり実話は怖いと言われ――今度こそ映画を観ようとDVDを選んだ。
ジャンルは何がいいか尋ねると、が意外にも「ホラー」と言ったので、万次郎はホラー映画だけを出していく。

、怖いんじゃねーの?」
「あ…うん。ほんとは苦手なの」
「え、じゃあ何で?」
「苦手だけど見たい気持ちはあって…。一人じゃ見られないけど、でも今は佐野くんがいるから普段見れない映画にしようかなって…」

少し恥ずかしそうに言ったに、万次郎の胸が大きく跳ねる。
風呂上がりのせいか、やけに良い匂いがする上に、また可愛い夏用パジャマに着替えているは、万次郎からすると控えめに言って超可愛いのだ。
さっきの盗み聞きから少し動悸が激しい(!)万次郎は、理性を保つためにキスしたいのを一旦我慢して、ホラー映画のパッケージ数枚をに見せた。

「ホラーって言っても色々あるし、何にする?幽霊か、ゾンビか、怖い人間か」
「え、えっと…」

からすれば、それは全て怖い。
怖いが、ただ隣に万次郎がいるので大丈夫だと自分に言い聞かせる。
そして比較的、その中でも怖くなさそうな"人間"を選んだ。

「え、人間でいいの?」
「うん」

いくらホラーでも出て来るのが人間ならさほど怖くはないはず、というのがの考えだった。
そこで万次郎は定番B級ホラーの中でも人気のある"スクリーム"を選んだ。
万次郎は前に観ているが、あの不気味な仮面をつけた殺人鬼を見て、が耐えられるのかどうか。
とりあえず部屋の電気を消して暗くすると、万次郎は再生ボタンを押した。

「あ、はここ座って」
「え…?」
「怖いんだろ?そんな顔してるし」

万次郎は隣に座っていたを自分の足の間に座らせた。
さすがに恥ずかしいのか暫くモゾモゾ動いていたが、映画が始まると案の定、冒頭のシーンでの顏の表情が固まる。

家でひとり留守番をしている女の子に、突然知らない相手からかかってくる怪しげな電話。
そしてその女の子をまるで外から盗み見ているようなカメラアングル。
はそこだけで後ろから回された万次郎の腕をぎゅっと掴み、怖くなった時用にベッドから持ってきたタオルケットで顏半分まで覆っている。
その様子を後ろで見ていた万次郎は、口元が緩むのを堪えていた。

「……っ」

突然、家の中に侵入してきた不気味な仮面をつけた殺人鬼が、その手に持ったナイフを振りかざして女の子を追い詰めていくシーン。
それを見ていたは、女の子の悲鳴にビクっと肩を跳ねさせ、万次郎にしがみついてきた。

「やっぱ怖い?」
「だ…だいじょう…ぶ…」

それは強がりだと分かっている万次郎は、自分の腕の中で震えているをぎゅっと抱きしめる。
だが次の瞬間、遂に女の子が殺人鬼に追い詰められ、鋭いナイフが振り上げられた時、

「きゃぁぁぁっ」
「―――ッ」

映画の中の悲鳴との悲鳴が見事にシンクロし、万次郎の方が思わずビクリとなった。

「…大丈夫?」
「…ご、…ごめん…ビックリしたでしょ…?」
「いや、俺は平気だけど…の方が心配」

冒頭でこれなら今から始まる本編ではどうなってしまうんだろうと思いつつ、万次郎はしがみついてくるを抱きしめながら笑いを噛み殺した。
怖がっているを落ち着かせようと、そのままの顎を持ち上げ、触れるだけのキスを落とす。
そこでふとを見れば、その瞳は少し潤んでいて、その目尻にも口付ける。
に掴まれている胸元から、更にぎゅっと力を入れてくるのが伝わって来て、そのまま頬、唇の横とキスをしていった。

「…、大丈夫?」
「…ん。佐野くんこうしててくれるから…」

と腕をぎゅっと掴んでそんな可愛い言葉が返って来る。
それには万次郎の顏も自然に綻んだ。

「…もっとキスする?」

と言いながら、もう一度唇を重ねる。
そうする事での身体が自然に万次郎の方へ向き、キスのしやすい角度になった。
ちゅっという可愛い音が何度か響くたび、の頬がほんのりと赤く染まっていく。
テレビの明かりしかない部屋でも、それは万次郎の目にしっかりと映った。

「さ、佐野くん…映画…観ないの?」
「んー。が可愛いから何回でもちゅーしたくなる」

笑いながら、またちゅっとしてくる万次郎に、の顏が更に熱を持った。
髪を避けられたと思えば露わになった首筋にも口付けられ、そのくすぐったいような刺激にビクリと肩が跳ねる。
さっきまで怖かったのが嘘のように、今は万次郎から施される甘い刺激に胸がドキドキして来た。

「ごめん、映画観れねーか」

これ以上、触れていたら良からぬ欲が顔を覗かせそうだ、と万次郎は名残惜しげに唇を離した。

「う…ううん…さっきより怖くなくなったから…」
「マジ?じゃあ…が怖がったら、またちゅーしてあげる」
「…え…」
「やなの?」

ドキっとしたように振り向くの頬へもキスをしながら、万次郎が意地の悪い問いかけをする。
別にが本気で嫌がってるとは思っていない。
ただそう言う事で、恥ずかしそうに自分を見上げて来るの可愛い顔を見たいだけだ。

(ヤバ…俺、完璧にドエスじゃね…?)

恋人が可愛すぎて、つい意地悪をしてしまう。
今の自分の心理に名前を付けるとしたらソレが頭に浮かんだ。
いや、ケンカをした時も少々やりすぎる事がある万次郎が、仲間内でも時々そう言われる事はあったが、まさか恋愛にまで顔を出してくるとは思わない。

「佐野くん…?」
「え、あ…何?」
「どうしたの?ボーっとして」
「あー…何でもないよ。早くが怖がらないかなぁって思ってただけ」
「………ま、まだ怖いシーンないから…」

たった一言で恥ずかしそうに前を向くを見て、万次郎は笑いを噛み殺すと、その赤く染まった頬に軽くキスを落とす。
―――その時、万次郎のケータイが震えだしたが、映画を観るのに音量を上げていた事で、二人が気づく事はなかった。