21.不協和音の結末は


「ぶぁっはっはっは…!!」

渋谷繁華街のとある一画に立ち並ぶビル内。ある店の一室から大きな笑い声が響き渡り、店長がギョっとした顔で読んでいた雑誌から顔を上げた。こんな笑い声を客が出すわけもなく、やはり聞こえてくるのは小さい頃から面倒を見ている少年が住んでいる個室からだ。
店長は吸っていた煙草を灰皿に押し潰すと「おい!ケン坊!もう少し声のトーン落とせ!」と注意をした。ドアの向こうからは「わりぃ!」という雑な謝罪が飛んで来て、店長も苦笑気味に頭をかくと「ったく…仕方ねぇな…」とボヤきながら、再び雑誌へ視線を戻す。
そして、注意された"少年"――とも呼べない風貌だが――ドラケンはと言うと、未だに目の前で仏頂面をしている旧友に今度は笑いを噛み殺しながらベッドへ転がった。

「あー腹いてぇ…」
「ケンチン、笑いすぎっ!オレが真剣に悩んでんのに」

夕べの家で夕飯を作ってもらうと喜んで向かったはずの万次郎が、夕飯後にふたりで甘い時間を過ごした際、身体が反応してしまったことで逃げるように帰って来たと聞かされれば、ドラケンも笑うしかない。

「つーか、よく我慢したな、マイキー。普通ならそこで押し倒すとこだろ」
「そんなことしてが泣いたらどーすんだよ?最悪嫌われるじゃんっ」

見た目でも分かるほど青い顔をしながら反論する万次郎を見て、ドラケンは呆れ顔で起き上がると「嫌われるはないだろ」と苦笑いを浮かべた。
ドラケンから見てもは万次郎のことを本気で想っているように見えるし、例え万次郎が本能に任せて押し倒したところで、驚きはするだろうが嫌いになるとは思えない。
しかし万次郎は少しでもを怖がらせたり、傷つけてしまうようなことは避けたいと本気で考えているようだ。

「まあ…簡単に手を出せるような子じゃないのは分かるけどな」
「簡単になんて出す気ないし、大事にしたいんだよ…。向こうは…初めてだろうし、さ…」

今度は顔を赤くしながら真剣な顔でそんなことを言いだす万次郎に、ドラケンもふっと笑みを浮かべた。人のことなどお構いなしの唯我独尊を地でいってた万次郎が、好きな女の子の気持ちを一番に考えてあげられるようになったんだな、と暫し感慨にふける。

「ま、そう思うならあと一年は我慢だな、マイキー」
「……い、一年…」

ドラケンが笑いながら言えば、万次郎は僅かに口元を引きつらせた。
ただでさえ反応しやすい年頃なのに、好きな子相手に一年も我慢するなど果たして身体が持つんだろうかと言いたげな顔だ。

「ケンチン…」
「ん?」
「……ムラムラしない薬とか、ねぇのかな」
「……ぶははっ!何だよ、そりゃ。んなもん密着しないで普段から距離を取ればいーんじゃねぇの」
「は?と一緒にいて距離とるとかムリだし」
「だってくっついたらヤベぇんだろ?」

ドラケンも思わず目を細める。しかし万次郎は至って真面目な顔でドラケンの方へ振り返った。

「…ヤバい。触れるだけで瞬殺される。可愛すぎて無理」
「………そ、そうかよ」

真顔、なおかつ普通のテンションで惚気る万次郎に、今度はドラケンの顏が引きつる。
無敵のマイキーを瞬殺できるもまた、ある意味無敵だな、と内心苦笑した。
その時、万次郎のケータイが鳴りだし、万次郎の表情がパっと明るくなった。

かな?」
「いや、まだこの時間じゃ塾じゃねぇの?」

ドラケンが時計を見ながら言った直後、万次郎が深い溜息をついた。

「…パーからだ。――もしもーし」

と話す時よりも1オクターブ下げたのかと思うほど低いテンションで電話に出た万次郎は、不意に真剣な顔でドラケンを見た。

「今から?おー分かった。ちょうどケンチンも一緒だからふたりで行くわ」

それだけ言って電話を切ると、万次郎は時計を確認してから「パーが抗争について話しておきたいってさ」と立ち上がった。相手の愛美愛主は大きいチームであり、どう攻めるかの確認は幹部同士で決めておいた方がいいということで、万次郎はドラケンとふたりで東卍のたまり場にしている倉庫へと向かう。まさかこの後、愛美愛主が攻めてくるとは、さすがのふたりも思っていなかった。






夏季講習を終えたは、昨日と同じく万次郎が迎えに来るのを塾のロビーで待っていた。
ひとりじゃ危ないと言われると、やっぱりも少しは怖くなってくる。言われた通りに建物の中で待ち、万次郎がそろそろ来る頃かと窓から外を覗いてみる。
しかし時間になって聞こえて来たバイク音は万次郎のバブではなく、三ツ谷のインパルスの音だった。

「三ツ谷くん…?」

塾の前でバイクを止めた三ツ谷は誰かを探すようにキョロキョロしていたが、がロビーの窓から顔を出すとホっとしたように手を上げた。

「三ツ谷くん、どうしたの?」
「あーマイキーに頼まれたんだ。を迎えに行ってくれって。詳しいことは後で話すからとりあえず送ってく」
「う、うん…」

万次郎に何かあったんだろうかと不安になったが、はすぐに外へと出て言われるがままヘルメットをかぶる。

「あ、ちょっと体を持ち上げるけど…」
「…は…はい」

バイクの後ろに自分では乗れないは、いつも万次郎に乗せてもらっている。
三ツ谷もそれを知っているのか、の体を持ち上げる際、遠慮がちに言って来た。
万次郎以外の男に触れられたことはないは恥ずかしいのを我慢しながらいつものように相手の力に身を任せるようにしてバイクの後ろへまたがった。

「ありがとう…」
「いや、ちゃん想像以上に軽いしビビったわ」
「そ…そうですか?」

何となく恥ずかしくてが赤くなると、三ツ谷は笑いながら自分も愛機にまたがった。

「あ、軽く説明するとマイキーに何かあったわけじゃないから心配しないで。でもこの時間に迎えに行けなさそうつって俺に電話してきたんだ」
「あ…そ、そうですか。良かった…」

とりあえず心配してたようなことではないと知って、もホっとする。
詳しいことはを家に送ってから、と言う三ツ谷に頷き、「シッカリ掴まってて」と言われたので三ツ谷の腰の辺りを掴む。しかし「それじゃ危ないから」と三ツ谷はの腕を自分の腹に回した。
これまた万次郎以外の人に抱き着く格好になり、の緊張がいっそう増していく。

「マイキーに乗せてもらってる時みたいに力抜いてね」
「は…はい」

最近は万次郎にバイクに乗せてもらうことが多く、少しは慣れただったが、バイクが変わればまた乗り心地も全く違う。つい体に力が入ってしまってたようだ。

「じゃあ行くよ」

三ツ谷はそう言うと勢いよく発車させたものの、気を遣ったのか比較的安全運転でバイクを走らせ、それでも10分程度でのマンションへと到着した。

「あ、ありがとう」

再び三ツ谷に抱えられ、無事バイクから下ろしてもらうと、はホっとしたように笑顔を見せた。

「あの…お茶淹れるんでどうぞ」
「え?」
「話、あるんですよね」

にそう言われ、三ツ谷は驚いたように声を上げる。しかし万次郎不在の時に彼女の家に上がり込むというのはさすがに気が引けた。

「いや…マイキーにバレたら俺が殺されっから」
「え…ま、まさか…」
「いや、マジで。あ、それでマイキーが来れなかった事情ってのはさ。今日抗争相手のチームが東卍のたまり場に仲間引き連れて来たらしいんだ」
「えぇっ?」

が想像以上に驚く姿を見て、三ツ谷も慌てた。

「あ、でもマイキーが相手の総長を一発でのして決着ついてるから!」

それを聞いたは唖然としている。

「決着…って…じゃあ抗争はなくなったってこと…ですか…?」
「うん、そう。そいつらはウチの傘下に下るって話だから」
「……傘下…」

長引くと思っていた抗争があっけなく終わったことを知り、は心の底から安堵した。
しかし次の三ツ谷の説明で、再び驚くはめになる。

「でも一つ問題が出来たんだ」
「問題って……?」

三ツ谷の表情が曇ったのを見て、は嫌な予感がした。

「パーが…相手の総長を刺して捕まった」
「………ッ」

思わず両手で口を押えたは、パーの顔を思い出し目頭が熱くなるのを感じた。
親友とその彼女を酷いやり方で傷つけられ、まるで自分のことのようにショックを受け落ち込んでいたのを、あの集会の夜、は見ていたからだ。

「さ…刺された人は…」
「…お、おい…泣くなって…大丈夫だから。長内は死んじゃいねえ。だから…パーもそこまで重たい罪にはならないから」
「…よ、良かった…」
「あ、おいっ」」

相手が無事だと知って力が抜けたのか、がその場に崩れ落ちそうになったのを三ツ谷が慌てて支えた。そっと肩を抱けばかすかに震えているのに気づき、三ツ谷も心配そうに「大丈夫か?」と声をかける。は何度か頷くと、三ツ谷の手を借りて立ち上がった。

「俺達もケンカには慣れてる。でもさすがに凶器で相手をケガさせるなんてことは初めてだから動揺してんだけど…なら尚更驚くよな…」
「……だ、大丈夫です。ちょっと…驚いただけで…。ただ…林田くんはそこまで追い詰められてたんだって思ったら…」
「その時、マイキーやドラケンも傍にいたらしいんだけど…止められなかったこと後悔してるらしい。詳しい状況は俺もまだ聞いてねぇんだ」
「…そう、ですか…」
「とにかく…部屋まで送る」
「…すみません」

三ツ谷は力なく頷いたを支えながら、マンションへと入って行く。は未だショックを受けているようで涙が止まらない様子だ。自分の仲間達の為にここまで涙を流して心配してくれているを見て、三ツ谷は素直に嬉しかった。
のような子なら、こんな話を聞けば関わりたくないと思うのが普通だ。なのに真っ先に刺された相手や、そこまでしなければ収まらなかったパーの気持ちまで考えて心配しているように見えた。

「多分、マイキーから後で連絡が来ると思うから…。今はドラケンとパーのことや今後のこと話し合ってると思うんだ」

部屋の前までを送っていった三ツ谷がそう説明すると、は「分かりました。家で連絡来るの待ってます」と力なく頷く。
その元気のない姿を見ていると心配でそばについててやりたくなった三ツ谷だが、は万次郎の彼女なのだから自分がそこまで出しゃばることは出来ない。

「じゃあ…俺は帰るよ」
「あ…送ってくれて…ありがとう御座いました」
「いや…」

いつものように丁寧にお礼を言って来るに、三ツ谷もふと笑みが零れる。
万次郎と付き合いだした頃も思ったが、みたいな彼女が欲しいと改めて思った。
手のかかる幼い妹がいるせいか、こういうシッカリとした女の子に憧れてしまう。

(そういやタケミっちがによく叱られるってボヤいてたっけ)

ふと先日顔を合わせた集会でと親しげにしていた武道を見て、ふたりが実はクラスメートなのだと知り、驚いたことを思い出す。ついでに伝え忘れたことまで思い出して足を止めた。

「ああ、そういや…タケミっちが意識失って病院に運ばれたみたいだけど、、クラスメートなんだよな?」
「…えっ?」

またしても驚いたのか、ドアの鍵を開けて家へ入ろうとしていたが振り返る。

「花垣くんもケガしたんですか…っ?」
「あ、いや…ケガは大したことないらしいけど、警察から逃げてる最中に意識失って、ドラケンに頼まれたエマが救急車を呼んだらしい」

三ツ谷はそう言ってポケットから一枚のメモを取り出した。

「この病院だから」
「あ…ありがとう…」
「いや。じゃあ俺はこれで帰るけど…もあんまり気に病むなよ?」
「はい…。ありがとう御座います」

が僅かに微笑んだのを見てホっとした三ツ谷は、今度こそエレベーターへと足を向けた。







「えっと…この角を右…かな?」

ケータイカメラで撮影したクラス名簿の住所を見ながら、は電柱に乗っている住所を確認して角を曲がった。意外との家からも近い。
三ツ谷から話を聞いて武道の入院先の病院へ行こうと思っていたものの、面会出来る時間帯は夏期講習があり、結局行けなかったのだ。なので休日の今日、病院へ向かったのだがすでに退院していると言われ、仕方がないので一度家に戻り、武道の家の住所を調べてから改めて出かけて来た。
万次郎はあの日の夜にの家へ会いに来て、簡単に何があったのかを説明してくれた。やはりパーが捕まったことはショックだったのか、元気がなく落ち込んだ様子でも心配になったほどだ。

"あんなに近くにいたのに止められなかった"

それが一番悔しいんだと、万次郎は悲しげに言っていたのを思い出す。そしてパーが捕まったことで他の幹部と色々話し合わなければならないから少しの間は会いに来れないとも言われた。
も当然そうだろうなと思っていたので、寂しさは覚えつつも頷くしかなく。万次郎もどこか寂しそうだった。それでも毎晩のように万次郎が電話をくれるので、少しは寂しさを紛らわすことが出来ていたが、夕べは「パーのことでケンチンとモメてる」と珍しく苛立った様子だったのが気になった。
しかし万次郎もそれ以上の詳しいことは話してくれず、何が原因でドラケンとモメているのかは分からない。

「…花垣くん何か聞いてないかな」

一軒一軒、表札を確認しながらも、武道なら東卍の内情をしっているかもしれないと淡い期待をしつつ、家に向かう。すると少し先を見覚えのある後ろ姿が歩いていた。

「龍宮寺くん?」
「…?!」

思わず名前を呼ぶと、ドラケンが驚いたように足を止めた。今まさに誰かの家の門を抜けようとしていたドラケンに駆け寄ると、その家の表札には"花垣"と書かれている。

「どうしたんだよ、。オマエもタケミっちの見舞いか?」
「う、うん。龍宮寺くんも?」

ドラケンは持っていたスイカを持ち上げ「まあな」と苦笑いを浮かべた。

「ひとりか?」
「え?あ…うん、まあ」

今日、武道のお見舞いに行くことは万次郎に話していない。夕べの万次郎はやはり少し機嫌が悪く、何となく言いそびれてしまった。けどちょうど目の前に万次郎とモメているというドラケンがいるのだ。
こうなれば直接本人に聞くしかないとは思い切って尋ねてみることにした。

「あ、あのね、龍宮寺くん」
「ん?」

今まさに武道の家のインターフォンを押そうとしていたドラケンが振り返る。

「佐野くんと…ケンカしたってほんと?」
「……あぁ~何か聞いたんか?アイツから」

ドラケンは気まずそうに頭を掻きつつ、を見下ろした。は首を振りながら「詳しいことは何も」と告げると、そっか…とだけ返って来る。
どこか言いにくそうにしているドラケンを見て、普段のなら"自分には言えないことなんだな"と相手の気持ちを察し、無理に聞き出すことはしなかっただろう。
でも今回だけは万次郎が心配で、つい「理由を教えて」と言ってしまった。ドラケンは真剣な様子のを見て、誤魔化すことは無理だと思ったのか溜息を一つ零して頷いた。

「分かったよ…。も心配だよな。色々あったし…」
「うん…ごめんね」
「いや。まあ…モメてんのはパーのことだ」
「林田くん…捕まったんだよね…」
「ああ。一年以上…出てこれねぇ」
「一年以上…」

15歳という年代には、一年と言う期間はとてつもなく長く感じる。被害者の長内は命に別状はなかったものの、やはり刃物を故意に使用したことでパーに殺意があったかどうかも問われたのだろうと思った。

「でも…マイキーはそれに納得しなかった」
「…え…?」

ドラケンの言葉に心臓が大きく鳴った。

「マイキーは…パーを無罪にしたがってる…。法に背くような方法で」
「…法に…背く…?」
「俺の口からはこれ以上言えねえけど…でもパーは自ら自首したんだ。俺はパーの気持ちを汲んでやりたいと思ってんだ。だから…マイキーと意見が分かれてさ」
「…そ…そうだったんだ…」

万次郎は未だパーの逮捕に納得しておらず、無罪にしたがっている。逆にドラケンは自首したパーの気持ちを尊重して待つ覚悟をしている。トップ同士の意見が分かれてしまえば確かに大ごとになるだろうなとは思った。そして万次郎のことがやはり心配になった。

「もう…東卍は終わりかもしんねえ…」
「えっ?ど、どうして?」
「マイキーとは…縁切りするかもしんねぇわ」
「龍宮寺くん…」

ふと呟いた決別宣言とも取れる言葉に、胸が切り裂かれそうなほど痛くなる。ふたりの仲のいい姿を近くで見ていたにとっても、それはツラい選択だった。

「ま、待って…まだ話し合うこと出来るよ…。佐野くんだって冷静になれば…」
「どうかな…マイキーを説得できるとするなら…だけかもな」
「私…?」
「俺の話に耳を貸さなくても、の話ならアイツ、聞くだろ」

ドラケンは苦笑しながら言うと、「あーもう、このまま勝手に上がっちまうか」と武道の家のドアを開けている。

「鍵かかってねえし、どんだけ不用心だよ、花垣家」
「ちょ、龍宮寺くん、勝手に入って…」
「いいって。も来いよ。どうせアイツの仲間も来てるみてぇだし」
「え…仲間…?」

ドラケンについても玄関を覗くと、確かに靴が数人分並んでいる。それを見て学校でよくつるんでいる武道の不良仲間の顏が浮かんだ。

「ほら、行くぞ。タケミっちの見舞い、するんだろ?」

ドラケンは笑いながらが持っているケーキの箱を指さした。病院に行く途中に買ったものだが、確かに持ち歩き時間はそろそろ過ぎる頃だ。こんな暑い中持ち歩いていたのだからケーキが痛んでないか気になった。は頷くと、ドラケンについていく形で武道の家に上がる。一応、お邪魔しますと声はかけたが、武道の親は不在のようだ。
階段を上がって行くと、かすかに数人の話し声がする。その声が聞こえる部屋までドラケンが歩いて行くと、中から「だいたいマイキーくんとドラケンくんがモメるワケなくない?」という声が聞こえて来た。ドラケンは徐にドアを開けると「誰と誰が、もめるワケねえって?」と部屋の中を覗き込んでいる。ドラケンの大きな体に遮られ、に中は見えなかったが、その瞬間「ド、ドラケンくん?!」と皆のどよめく声が中から聞こえて来た。

「あっちーな、この部屋。野郎ばっかいるからか?――ん?何でオマエら立ってんの?」

どうやら武道や仲間の千堂達はドラケンが来たことで一斉に起立をしてるようだ。ドラケンは苦笑しながら「可愛い女の子、連れて来てやったぞー」と後ろにいるの腕を引っ張る。
ドラケンの後ろから姿を見せたを見て、武道達も「?!」と驚きの声を上げた。

「お、お邪魔してます…」

勝手に上がってしまった気まずさと、学校以外でこうして同級生と顔を合わせる気恥ずかしさで、は再びドラケンの後ろに隠れるようにして挨拶をした姿はまさに子供のそれだ。
ドラケンは「何隠れてんだよ、」と苦笑しながらも、武道達に持って来たスイカを見せて「おースイカ持って来たぞー」と笑顔で言った。しかし武道達は未だに直立不動のままだ。ドラケンは呆れたように「オマエら、突っ立ってねえで座れ!」と怒鳴った。

「「「「「は、はい!!」」」」

東卍の副総長の前では未だに緊張するのか、武道や千堂達はまたしても起立の姿勢で返事をしてから慌ただしく座り始めた。武道はドラケンに「スイカ切って来て」と頼まれ、すぐに部屋を飛び出して行く。その場に残された面々は目の前に座るドラケンとを交互に見ながら、やはり不思議そうに首を傾げていた。

「やっぱのヤツ、ドラケンくんと知り合いなんだな…」
「何かマイキーくんのこと従妹って担任に説明してたって聞いたけど…マジなのかな」
「タケミチに聞いてもはぐらかされて詳しいこと教えてくれなかったもんな…」

千堂や山岸達はふたりが仲良さげに話してるのを見ながら、コソコソと話し出した。以前、喧嘩賭博の時に万次郎とが親しげに話していたのを見て以来、その辺の関係は気になっていたものの、何かを知っているらしい武道が話そうとしないので未だに学校の優等生と東卍幹部の関係は知らないままなのだ。そこに武道がスイカを切り分けて運んで来た。

「ドラケンくん、ご馳走様です」
「おう。ほら、も食えよ」
「う、うん。じゃあ…頂きます。――あ、そうだ。花垣くん、これ」

と思い出したようにケーキの箱を武道に差し出す。

「え、俺に?」
「うん。入院したって聞いて最初は病院にお見舞いに行ったの」
「…そ、そうだったんだ…。あ、ありがとう」
「ケガ、大丈夫?」
「あーもうすっかり。三日くらい安静にしてたし」
「なら良かった」

のホっとした様子に、まさか心配されているとは思わず、武道も苦笑気味に頭を掻く。普段は説教ばかりしてくる怖いクラスメートと思っていたが、実は優しい子だったんだと気づいた。
説教をして来るのもケンカばかりしている自分や、彼女の日向のことを心配してたんだと今なら分かる。

「お、おい、タケミチ」
「ん?」

その時、山岸がコソコソと武道の方へ耳打ちをした。

「そろそろ教えろよ…。ってマジでマイキーくんの従妹なわけ?もしそうなら何でマイキーくんの従妹がドラケンくんと一緒にオマエの見舞いに来るんだよ」
「え…っと…それは…」

以前から何度となく訊かれているのだが、万次郎とがつき合っているという話を勝手にしていいものかどうか分からず、ずっと誤魔化していたのだ。それは優等生で通っているの為だというのもある。

「い…従妹じゃねえの?だからは…ドラケンくんとも仲いいんだよ」
「でもふたりで出かけて来るか?」
「う…」

グイグイ来る山岸に困っていると、ドラケンが「なーにコソコソ話してんだ?オマエら」と訝しそうな顔でジロリと見て来る。それにビビった武道は話題を変えようと「パーちんくんが気になって…どうなったんスか?」と恐る恐る聞いてみた

「ああ…パーは結局一年以上出てこれねえ」
「愛美愛主の長内は…?」
「生きてる。長内死んでたら成人まで出てこれねえよ」
「………」

武道はそこでエマから聞いた万次郎とドラケンのケンカについて聞いてみよう、と決心し、顔を引きつらせながらも「マイキーくんは…」と尋ねた。
すると一瞬で目を吊り上げたドラケンは目の前のテーブルにドンっと拳を叩きつけた。その瞬間、テーブルの上に置いてある完成したパズルのピースが粉々に飛び散る。

「あのヤローふざけやがって…」
「あああああっ!」
「ん?」

突然、武道が絶叫したのを見て、ドラケンとはギョっとしたように武道を見た。
千堂達はバラバラに飛び散ったパズルのピースを青ざめた顔で見ている。
ドラケンは皆の視線を追って自分が叩きつけた拳に視線を向けると、そこで初めてパズルがグチャグチャになっていることに気づいた。

「あ…ゴメン」
「俺の三日間の全てがぁぁっぁ!!」

怪我をして絶対安静と言われた武道は、暇すぎて特大パズルを三日で完成させていたらしい。それをドラケンの拳が一瞬で破壊したのだから叫びたくもなる。
しかし大げさに騒ぐ武道を見て、ドラケンの額がピクリと動いた。

「だから謝ってんじゃねぇかよ」
「ハイ!平気っす…」

涙目になりながらも、そう応えるしかない武道を見て、千堂達、そして黙って見ていたも心の中で武道に同情していた。

「とにかく俺はもうマイキーと縁切るわ」
「…えっ」
「東卍も終わりだ」

ポツリと呟くドラケンに、武道の顏がわずかに引きつった。

「何言ってんスか…冗談っスよね?」
「邪魔したな…。、帰んぞ」
「え、あ…お、お邪魔しました…」

不意に部屋を出て行くドラケンを見て、もこれ以上ここにいるのも気まずいと慌てて追いかけて行く。その後を武道も追いかけた。

「ちょ、待ってくださいよ!ちょっとドラケンくん…!」

階段を駆け下り、ふたりの後を追いかけながら「東卍も終わりってどういうことっスか!状況教えてくださいよ!」と必死に叫ぶ。そしてに「は何か聞いてんだろ?教えてくれよ」と尋ねた。

「それは…私の口からは言えないの…。でも意見の食い違いでケンカしてるのは本当みたいで…」
「そんな…仲間割れはダメだ…。そんなことになったらドラケンくんが危ない…」
「え?それってどういう意味――」

ボソっと呟いた武道の言葉が気になり、が訊き返そうとした時、ドラケンはサッサと靴を履いて家を出て行ってしまった。
も「待って、龍宮寺くん」と慌てて追いかけると、不意にドラケンが足を止める。

「龍宮寺くん…?」
「ねえ、ドラケンくん、いったいどうなって――」

そこへ武道も追いかけてきた。しかし目の前の光景に驚き、思わず口が開く。

「どうしたの?」

もドラケンの後ろから前を覗くように顔を出し、目の前に立っている人物を見てギョっとしたように目を見開いた。

「佐野くん…」
…?!」

ドラケンの正面に立っていたのは万次郎だった。

「あん?何でテメェがと一緒にここにいんだよっ?」
「あ?テメェこそ、何でここにいんだ?」

まさかのふたりが鉢合わせをし、武道の顏から血の気が引いて行く。

「俺はタケミっちのお見舞いだよ」
「俺もそうだよ」
「は?タケミっちは俺のダチだし、は俺の彼女なんだからオマエ関係ないじゃん。なあ?タケミっち」
「へ?えっと…」
「あ?何言ってんの?タケミっちもも俺のダチだよなぁ?タケミっち」
「あっえっと…」

万次郎とドラケンの間に挟まれ、右往左往する武道は困ったように後ろにいるへ助けてと言うように視線を向ける。その時、万次郎がの方へ歩いて行こうとして、ドラケンの前に立った。

「どけよ。デクノボー。通れないだろ。、返せよ」
「あ?は別に無理やりさらったわけじゃねえから。オマエがどけよ。チビ」
「ちょ、ちょっと待って、佐野くん!龍宮寺くんも…きゃ…っ」

一触即発のふたりを止めるためが前に出ると、万次郎が強引に彼女の腕を引っ張り自分の方へ引き寄せた。それを見ていたドラケンが「に乱暴すんじゃねぇよっ」と怒鳴る。

「オマエに関係ねえだろ?は俺んだし!乱暴なんかしてねえからっ」
「ちょっと待って下さいよ!ケンカはダメっすよ!」

そこで今度は武道がふたりの間に入った。

「何があったかは知らないっスけど、ケンカはダメっす!二人とも落ち着いて下さい!」

その時、ドラケンが「おい」と武道の胸倉を掴んで顔を近づけた。

「オマエ、何様?!」
「……ッ(こ、こえぇぇ!)」

自分にこの二人を止めるのは無理だ。ここはやはりに止めてもらおう、ともう一度の方へ顔を向ける。だがその時、万次郎がの手を引いて歩いて行くのを見て、一瞬分かってくれたのか、と武道はホっとした。しかし万次郎はドラケンと武道から距離を取ると「危ないからはここにいて」と言った。

「ん…?(危ないから…?)」

その言葉の意味を考えていると、避難をさせられたが不安げに万次郎を見ている。

「さ、佐野くん…あの」
「何でケンチンと一緒にここに来てたのかは後で聞くから」

ジトっとした目でを見る万次郎は、やはり面白くないといった様子だ。

「ち、違うの!一緒に来たんじゃなくて偶然ここで会っただけだから」
「…例えそうでもムカつく。それにタケミっちのお見舞い来るなら俺を誘ってくれても良くね?」
「でも佐野くん、夕べは何となく元気なかったから…」

明らかに機嫌の悪い万次郎に、は泣きそうになっている。普段の万次郎ならここで冷静になるのだが、今はパーのこと、そしてドラケンとの不協和音のせいでイライラが最高潮だった。
ついでに「に八つ当たりしてんじゃねーよ!」とドラケンに怒鳴られたことで、抑えていたものがプチっと切れた。無言のまま武道の家の方へ戻って行くと、目の前にあった自転車を片手で掴み、それを軽々と持ち上げる。

「ぶッ!マイキーくん?!それは俺の愛車の疾風号――!!」

武道が慌てて叫んだものの、万次郎はそれを思い切りドラケンの方へと投げつけた。それをドラケンはひょいっと軽く避けたが、疾風号という名の自転車は塀にぶつかって部品が無残にも飛び散り、武道が悲鳴を上げている。

「俺の思い出がぁぁぁ!!」

膝をつき嘆く武道を見ながら、ドラケンがマイキーを睨んだ。

「テメェ、正気か?!」

と言いながら、近くに立てかけてあったバットを掴む。それにいち早く気づいたのはやはり武道だった。

「ドラケンくん?!それは小4の時、初めてホームランを打ったゴールデンバット…!!」
「やんならトコトンだぁ!」

武道の悲痛な雄たけびは軽くスルーされ、そのバットを何故か真ん中からボキッと折ったドラケンに、武道の目が白目になっていく。
その後は更にメチャクチャだった。その辺にある武道の愛用品が次々にふたりのケンカの犠牲になり破壊されて行くと、武道は力なくその場に座り込んで魂が抜けたように放心していた。
そして全てのものを壊しつくしたふたりは、未だに怖い顔で睨み合っている。もこれには唖然とした顔で、ふたりのケンカはこれほど大きくなってしまうのかというのを実感していた。

「ここで決着つけるかぁ?」
「上等だ」

万次郎とドラケンが今度こそ直接殴りあいでも始める勢いで向かい合う。しかしその間に入ったのは、またしても武道だった。

「待てよ…」

普段の気弱な姿ではなく、どこか怒りで顔つきまで変わっている。ケンカを止めに入ろうとしていたもそんな武道に気づき、足を止めた。

「テメェら、いい加減にしろや…」
「「あん?」」

普段ふたりにビビっている武道はそこにはいなかった。堂々と言いのけると怒りの形相で万次郎とドラケンを睨みつけている。

「やべえ…タケミチがキレた!」

武道の部屋から心配そうに見守っていた千堂達が驚きの声を上げている。

「俺の大切な思い出を…メチャクチャにしやがって…!!」
「あ…」
「…いつの間に?」

万次郎とドラケンは武道の言葉で初めて辺りの惨状に気づき、唖然としている。自分達が暴れて武道の大事にしていた物を壊したと言う自覚がなかったようだ。
武道はふたりのその態度にもカチンときて、拳を握り締めると「ふざけんじゃねぇー!!!」と万次郎へ殴りかかった。しかしそこは無敵と呼ばれる万次郎だけに、まるでスローモーションのように遅い武道のパンチを軽々と避ける。しかし避けたことで大きく空振りし、その勢いのまま武道は目の前にあったゴミステーションに頭から突っ込んだ。

「花垣くん…!」

事の成り行きを見守っていたも、これには驚き慌てて駆け寄った。万次郎もまさか武道がゴミの中に突っ込むとは思ってなかったらしい。唖然とした顔で「大丈夫か?タケミっち」と声をかける。
その瞬間、ゴミの中から飛び出して来た武道は「うっせぇぇ!!!」と大きな声で怒鳴った。

「俺の思い出なんかどうでもいいんだろ!!」
「まぁまぁ…落ち着け」

ドラケンも顔を引きつらせながら声をかけると、武道の怒りがドラケンにも向いた。

「落ち着け?!ふざけんな!暴れてたのはテメェらだろ!」
「タケミチ!!」

キレている武道を見てヤバいと思ったのか、千堂達が家から飛び出して来た。そしてドラケンに食ってかかっている武道を後ろから拘束する。

「ダメだよ、タケミチ!死ぬ気か?!オマエ!」
「うっせぇ!放せ!!周りのことなんかどうでもいいんだろ!」
「わりぃって…別にオマエのこと傷つける気はなかったんだ」

ドラケンもさすがに悪いと思ったのか、そこは素直に謝った。しかし武道は真剣な顔で二人を見ると、強く唇を噛み締めた

「どうでもいいからケンカなんかしてんだろ?」
「…タケミチ」
「アンタら二人がモメたら周りにどんだけ迷惑かけるか分かってねぇだろ!二人を慕ってついて来た皆だってモメちゃうんだよ?!二人だけの問題じゃねえじゃん!東卍皆バラバラになっちゃうんだよ?そんなの悲しいじゃん!」

遂に泣き出した武道に、万次郎とドラケンも無言のまま耳を傾けている。は普段情けない姿ばかり見せる武道が、明らかに強い相手に対してこれだけ本音をぶちまける姿を見て、ふとケンカ賭博の時のことを思い出していた。

「俺、やだよ…そんなの見たくねぇよ…。自分勝手すぎるよ…」
「花垣くん…」
「二人はもっと、カッコよくいてよ…」

次第に小さくなっていく泣き声に、誰もが言葉をかけられずにいたが、そこで動いたのは万次郎だった。

「タケミっち…」
「いいよ…!もう帰ってくれよ!!」
「あのさ…さっきからずーっと」

万次郎はそこまで言うと、吹き出しそうなのを堪えながら、武道の頭を指さした。

「頭にウンコ、ついてるよ」
「へ…?」

その時、ポトリと武道の頭から犬のウンコのような黒い物体が落ちて来た。

「えー-?!何じゃこりゃぁぁぁ!!」
「きったねぇ、タケミっち!さっきゴミに突っ込んだ時だ」

ドラケンが笑いながらも武道から距離を取る。それには武道も顔を真っ赤にして「何でもっと早く言ってくんないんスか!」と苦情を言う。

「だってすっげー真剣なんだもん!」

万次郎も武道から距離を取りながら爆笑している。はその光景を唖然とした顔で見ていたが、皆が笑顔に戻ったのを見てホっと胸を撫でおろした。あのまま万次郎とドラケンが殴り合いを始めていたら、本当に二人の仲は終わっていたかもしれない。

「真剣って、そりゃ二人がケンカなんかするから――」
「逃げろ、ケンチン!ウンコが来るぞ!」
「臭っせ!!」

誰のせいだと思ってるんだと、そう怒鳴ろうとした武道だったが、仲良く走って行く万次郎とドラケンを見て「あれ…仲直り…してる?」と我に返った。
さっきまでのギスギスした空気は綺麗に消えていて、いつもの二人に戻っているように見える。
そして万次郎はのところまで走って行くと、その腕を掴んで「も逃げるぞ。ウンコの匂いが移ったらやべえし」と笑顔を見せた。

「そんな…可哀想だよ、花垣くん」

さっきまでイラついていた暗い影はどこにもなく、今はいつもの万次郎に戻っているのを見て、も釣られて笑う。すると万次郎は不意に足を止めての方へ振り返った。

「さっきは…ごめん」
「…え?」
がケンチンと一緒にいるの見て…ヤキモチ妬いただけ。でも酷い言い方して悪かった」
「佐野くん…」

途端に悲しそうな顔をする万次郎を見上げて、は首を振った。

「私もごめんね…。連絡だけでもすれば良かったのに…」
「いや…気を遣ってくれたんだろ?俺が落ち込んでたから…」

万次郎はどこかスッキリとした顔をしていて、きっと色んなことが吹っ切れたんだろうなとは思った。それもこれも武道のおかげだと心の中で感謝する。でもまさかあんな形で二人のケンカを止めるとは思わない。思わず思い出して吹き出すと万次郎が不思議そうな顔をした。

「何笑ってんの…?」
「だ、だって…花垣くん、頭にウンチ…」
「今頃?!」

急に笑い出したを見て、万次郎も笑い出した。

「だって…さっきは心配の方が強くてそれどころじゃなかったんだもん…でも思い出したらおかしくなって…」
「…
「え?」
「心配かけて…ほんとごめん」

万次郎は繋いでいた手を引き寄せ、をそっと抱きしめる。こんな道のど真ん中で抱きしめられるとは思わず、は慌てて身体を離そうとした。

「何で暴れるの」
「こ、ここ道路だし…」
「いーじゃん。ケンチンしかいねぇし」
「おーい、路チューはすんなよ?」

少し先を歩いていたドラケンがからかうように振り返る。それにはの顏も真っ赤に染まり、更に暴れ出した。

「路チューしたいかも…」
「さ、佐野くんっ?」

ニヤリと意味深な笑みを浮かべて顔を近づけて来る万次郎に、の顏が更に赤く染まった。