
26.本当のことを教えて
次の日、無事に退院したは夏休みの間、祖母の雪子の家に泊ることになった。検査結果では脳震盪ということで他には特に目立った外傷もなかったが、頭をぶつけたということで雪子は孫をひとりにしておくのは心配だと言い出し、も夏休みくらいは祖母との時間を過ごすのもいいと思ったので喜んでお世話になることにした。
「ウチにいれば佐野家も近いし万次郎くんにすぐ会いに行けるだろ?」
雪子にそうからかわれ、真っ赤になったものの、の本音も似たようなものだった。
「じゃあしばらくお世話になります、おばあちゃん」
「そんな堅苦しいことはいいから、は休んでなさい。今お茶淹れるから。ほら、万次郎くんも」
「うん。ああ、荷物だけ運んどく」
雪子の家について早々、万次郎はの荷物を持って彼女が使う二階の部屋へふたりで向かった。
夫が亡くなってから二階は殆ど使っていないという。階段の上り下りがツラくなる前に、一階の和室へ生活基盤を移したそうだ。
「ここ?の使う部屋って」
「うん」
二階に上がり、長い廊下を歩いていくと、一番奥の三つ目のドアが開いていた。中を覗くと黒を基調としたシンプルな部屋で、ベッドと机、本棚などが置いてある。一見すると男っぽい部屋だ。
「ここ、お父さんが使ってた部屋なの」
「マジ?何か緊張すんだけど」
「え、何で?」
「…いや…何となく」
万次郎は笑いながら中へ入ると、持っていたバッグを床へと置いた。は閉じられていたカーテンを開けると、空気を入れ替えるのに窓も開ける。夏の朝らしく蒸し暑い風に乗って蝉の元気な鳴き声が聞こえて来た。
「あ、ここから佐野くんの家の屋根が見える」
「え、マジで?」
万次郎もの隣へ立ち、彼女が指をさす方向へ目を向ける。すると向かい側の家の奥方向に僅かながら佐野家の屋根が見えた。
「おーマジで見える。上から見るとかなり近いな」
「歩いても数分だよ。一丁目違いだし」
「もしがこの家に住んでたなら同じ学区だから小学校とか一緒で先輩後輩になったのになー」
「あ、そうだね」
同じ学校に通いたかったな、との頭にそんな思いが浮かぶ。だがそれだと果たしてふたりの関係が今みたいな形になったかどうかは謎だ。元々優等生のと、小学校からヤンチャだったらしい万次郎とでは接点がないように思えた。
「もしかしたらエマと同じクラスになって友達としてウチに来てたかもなー」
万次郎が楽しそうに笑う。しかしはその状況を想像して、つい苦笑してしまった。
「でも私がエマちゃんと同じクラスだったとして、彼女と友達になれるかどうかは分からないけど」
「え、何で?」
「だって…エマちゃんは明るくて可愛くて、きっとクラスの人気者だろうし、私は今と変わらず勉強ばっかりしてる子供だったと思うから」
「、小学校の頃から勉強頑張ってたのかよ。すげーな。あー父ちゃんが厳しいんだっけ」
「うん…まあ」
万次郎は部屋の中を見渡し、確かに厳しそうだと思った。父の部屋だというこの場所には、万次郎の部屋のような雑誌や漫画の類は一切ない。どちらかというとの部屋と同じ雰囲気で、本棚には難しそうな本や辞書、小説などが置いてある。その中でも比較的多いジャンルに気づき、万次郎は本棚の前に歩いて行った。
行政法、憲法、警察法、法学概論、刑事訴訟法、刑法。ズラリと並んだそれらは参考書というより教科書のようにも見える。同じ棚には似たような警察に関連するタイトルのものが多かった。
(そう言えば…の父ちゃんが何やってるか聞いたことなかったな)
ふと知っていて当然のことを知らない事実に気づく。からも話そうとはせず、特に気にしたこともなかった。海外赴任と聞いて外資系か何かの会社勤めなのかと思っていたせいもある。万次郎は棚から目についた本を手にとり中身をパラパラめくってみた。難しい専門用語などは理解できないが、内容は何となく分かる。その時、が万次郎の手にしているものに気づいて慌てたように駆け寄って来た。
「あ、あの佐野くん。下でお茶でも飲もう?」
「あーうん」
に腕を引っ張られ、顔を上げた。同時には万次郎の手にしていた本を奪うようにして本棚へと戻している。その様子が何となく気になった。
「なあ、の父ちゃんって…何してる人?」
「…な…何って…」
万次郎の問いに、は明らかに動揺している。部屋を出て行きかけた足を止めはしたが、振り向こうとはしない。万次郎はの背中を見つめながら、自分が感じたことを訊いてみた。
「もしかして…警察関係者とか?」
「………」
は何も応えようとはしない。でもそれが今の質問の答えのような気がした。
「…何か気にしてんの?」
「………」
やはり応えない。万次郎は軽く息を吐くと「こっち見ろよ」と彼女の腕を強引に引き寄せた。が困ったようにゆっくりと顔を上げる。
「何でそんな顔すんだよ」
「だって…」
は珍しく口ごもり、再び俯いてしまった。万次郎は良く分からず、困ったように頭を掻くと、とりあえず思い当たることを尋ねた。
「もしかして…オレが暴走族だから?」
「……」
「。何か思うところがあるなら言ってくれねえとオレ、バカだから分かんねーよ」
はハッとしたように顔を上げ「ごめん…」と呟く。その顔は泣いてしまいそうに見えて万次郎は慌てた。
「いや、怒ったわけじゃねーし…ただ…が何を気にしてんのか知りたいだけだから」
「うん…そうだよね…」
が頷いた時、下から「ふたりとも下りといでー!」という雪子の明るい声が聞こえて来た。しかしは気まずそうな顔をしたまま動こうとしない。この様子だと自分が指摘したことは当たってるんだなと思う。父親が警察関係者。確かに暴走族の万次郎からすると、あまり近寄りたくはない相手だ。それに父親からしても大事な一人娘が暴走族の男と付き合ってると分かれば必ず反対するだろう。はそのことを心配してるのかもしれないな、と万次郎は思った。
「とりあえず…雪子が呼んでっから行こう」
「…うん」
それ以上、追及することをやめ、万次郎はそっとの手を取った。
「ほら、万次郎くんの好きなどら焼き」
「おー雪子、気が利くじゃん」
茶の間のテーブルにどら焼きの乗ったお皿を出され、万次郎は瞳を輝かせながらソファへ座った。雪子と呼び捨てにされた当人はまんざらでもない顔で笑いながら、未だ茶の間の入り口に立っている孫を呼んだ。
「、オマエもこっちに来て座りなさい」
「う、うん」
雪子に促されて隣に座ったを横目で見ながら、万次郎はゆっくりと室内を見渡した。よくよく見ればなるほど。警察署から表彰されたような表彰状やトロフィーなどが至るところに飾ってある。何故これを前に来た時気づかなかったのかと、万次郎は自分の鈍さに首を傾げた。
(間違いない…の父ちゃんは警察官、または警察関係者…いや…海外に赴任してるとなると…それなりの役職のはずだ。もしかしなくてもキャリアと呼ばれるエリートか?)
万次郎はどら焼きを食べながら飾られているトロフィーを一つ一つ眺めた。自分が来ることを分かっていながら隠さず飾ったままなのを見ると、雪子もその事実を隠そうとしているわけでもない。今思えばもそんな感じだった。あの部屋に万次郎が入れば少なくとも本棚は確実に目にするのだから本気で隠したいと思っていたわけじゃない。でも敢えて自分達からは言わないということだろう。
「あ、あの…佐野くん」
不意にが意を決したように顔を上げた。雪子は何となくふたりの空気に気づいていたのか何も言わない。
「さっきの話だけど…」
「うん」
「私のお父さん…警察庁に努めてるの…。今は外務省に出向してて、それでニューヨークの領事館で働いてる」
そこまで説明してはホッと息を吐いた。これまで話すか迷っていたことだけに、少しだけ緊張していたようだ。でも万次郎にきちんと話すことが出来たことで心の重荷が消えた気がした。
万次郎はそこまで聞くと、腕を組んで納得したように頷いた。
「…そっか。やっぱりなー」
「え…?」
あっさり言った万次郎に、は少し驚いた顔をした。
「いや、よく分かんねーけど、こんだけ表彰されてんだからエリートなんだろーなって」
「あ…」
茶の間の壁にかけられたものや、棚に飾られたトロフィーを指さす万次郎に、も納得したように笑った。
「ごめんね、黙ってて…。何となく言いにくくて…」
「まあその気持ち分かるし、オレも特に聞かなかったから。ただ…」
と、そこで万次郎は雪子へ視線を向けた。雪子は黙ったままお茶を飲んでいる。
「そうなると…やっぱオレと付き合ってんの知ったら反対…するよな」
「私に聞いてるのかい?」
雪子が苦笑交じりで湯飲みを置いた。万次郎の視線を感じていたのだろう、そのままふと顔を上げると意外にも真剣な顔をした万次郎と目が合う。
「そりゃ…晃は頭が固いからね。大反対するだろうけど…」
「…だよな」
「反対されたからってアッサリ諦めるつもりじゃないでしょ?」
雪子の問いに万次郎は一瞬言葉に詰まる。だがすぐに「まさか」と笑った。万次郎との交際を簡単に認めるはずがないのは、が晃の職業を話そうとしなかった態度を見れば容易に想像できる。それでも万次郎はと別れることも諦めることも考えていなかった。
「諦めねーし絶対に分かってもらう」
「佐野くん…」
「がそういう心配しなくて済むように」
「うん…」
真剣な顔で言ってくれた万次郎の気持ちが嬉しくて、は笑顔で頷いた。それでも不安はつきまとう。父の晃がそう簡単に万次郎との交際を認めるはずがないからだ。
「まあ…万次郎くんが暴走族をやめたら…話はまだ楽なんだけどねぇ…」
ふと雪子が呟いた。万次郎もそれは考えたが、自分が東卍をやめるという選択肢はない。
「ごめん、雪子。仲間との約束があるからそれは出来ない」
「ふん…まあ…そう言うだろうとは思ったけどね。万作さんに似て頑固だよ、全く」
苦笑交じりで言うと、万次郎も困ったように笑う。今はまだ、その問題は考えたくなかった。
8・3抗争と呼ばれた神社での抗争から一週間経った8月10日、しばらく続いていた雨も止み、この日は朝から快晴だった。この日、は塾を休んで祖母の雪子とドラケンの見舞いに行くべく病院へ向かっていた。
「雨やんで良かったねえ」
「うん、ほんと。ああ、おばあちゃん、荷物は私が持つよ」
「大丈夫だよ、これくらい。ケンちゃんの着替えなんて軽いもんだし」
そう言いながら雪子は紙袋を軽く持ち上げた。ドラケンに家族はいないと知ってから何かと気にかけていた雪子は、入院しているドラケンの服などを家に持ち帰って洗濯をしてあげていた。今日は着替えを持って行く約束をしたようだ。
「ホント、いつの間にかメールのやり取りしてるんだから…」
「いいだろ、別に。向こうから聞いて来たんだし」
澄ました顔で言う雪子に、も苦笑するしかない。
「万次郎くんは先に病院に行ってるんだっけ?」
「うん。さっき"早く来て"ってメールが届いた」
「あれから毎日ウチに入り浸ってるクセして、早く来てもないもんだ」
「お、おばあちゃん…」
雪子にからかわれ、の頬が僅かに染まる。本当なら今朝『一緒にケンチンの見舞い行かない?』と電話が来たのだが、雪子も前に持ち帰ったドラケンの着替えを持って行くついでに顔を見に行くと言い出した。雪子も一緒ではさすがにバイクで迎えにはいけないので、万次郎とは別々に病院へ向かうことになったのだ。
「龍宮寺くんもすっかり元気になって早く退院させろって騒いで看護師さん困らせてるんだって」
「あはは、ケンちゃんらしいねー。死にかけたくらい重症だったってのに」
「うん…ほんと…助かって良かった」
あの日のことを思い出すと今でも身体が震えて来る。ナイフを持ったキヨマサが時々夢に出て来るくらい、も心のダメージは尾を引いていた。万次郎はああいった危険が常にある中に当たり前のように身を置いている。言葉には出さないものの、やはりそれは心配だった。
「チーッス!!」
「おう!」
病院まで数分のところで、前方から大きな声が聞こえて来て、はふと視線を向けた。そこには見覚えのある金髪頭が肩で風を切り、偉そうにガニ股で歩いている。その後ろで肩を落とし項垂れながら歩く赤い髪もは見覚えがあった。
「…花垣くんと千堂くん?」
「知り合い?」
「うん。クラスメートの子とその友達」
雪子に説明しながら、は前を歩く武道に「花垣くん!」と声をかけた。周りにいる不良達に挨拶され、ヘラヘラしてた武道が、ギョっとした様子で振り返る。
「お、おう…か…」
に気づいた武道と千堂敦は、僅かに顔を引きつらせた。武道はまた説教されるという本能的なものだが、千堂に至っては自分がバカにしてきた優等生が無敵のマイキーの彼女と知って、どう接していいのか分からない気まずさからだ。そんなふたりの気持ちなど知らないは、まず武道のとんでもなくダサい恰好に目が点になった。
「花垣くん…何その恰好…」
「へ?」
武道はシャツのボタンを二つほど外し、前に"OUT LAN"と書かれた膝丈ズボンを穿いている。どう見ても田舎から出て来たチンピラにしか見えない。
「い、いや、これは…その…」
「あー…コイツ、キヨマサブッ倒したことや、マイキーくんとドラケンくんのケンカを止めた噂が少し脚色されて広まってチヤホヤされてっから調子こいてんだよ…」
口ごもる武道を尻目に千堂が説明する。は納得したものの、あまりの恰好に「でもそれ…似合ってないけど」と突っ込むのは忘れない。全くオブラートに包まれていない言葉に武道が軽いショックを受け、千堂は爆笑しだした。
「ほーら見ろ、タケミチ!」
「…ぐ…うっせーぞ、アっくんっ」
ここぞとばかりに笑う千堂を睨みつつ、さすがにを怒鳴ることは出来ず、武道は顔を真っ赤にしている。しかしの後ろで笑っている雪子に気づき、てっきり通りすがりの他人だと思い込んだ武道は怒りの矛先をそっちへ向けた。
「何笑ってんだ、バーさんっ!」
「あ~こりゃ悪かったね。私の孫が失礼なこと言って」
「……へ…?」
武道の時間が一瞬止まる。
「……孫…?」
「ああ、私の祖母なの。これから龍宮寺くんのお見舞いに行くところで」
「ほら、サッサと行くわよ、。ケンちゃんが待ってるから」
「…ケ…ケン…ちゃん?」
「おばあちゃん、龍宮寺くんとメル友なの」
「メ…メル友…ドラケンくんと…?」
の説明に呆気にとられている武道をよそに、は雪子の後を追う。
「あ、花垣くんも病院に行くんでしょ?一緒に行こ」
徐々に青ざめていく武道に気づかず、は一言声をかけると先を歩いて行く雪子を追いかけて行った。それを見送りながら、武道は知らない人に絡むのはやめよう、と心の底から反省していた。
「何調子こいてんだよ、テメー?」
「え?!」
たちと病室に顔を出した途端、ドラケンが武道の恰好にいち早く反応した。
「ど、どこがですか…?」
「全身で浮かれてんじゃねーよ。ちょっとチヤホヤされたら、すぐつけあがってんじゃねえ。バカヤロウ」
「ぐ…」
「あはははっ。ケンちゃん、いいねえ。そこまでハッキリしてたら気持ちがいいよ」
「おー雪ちゃん」
「……(雪ちゃん?!)」
互いに「ケンちゃん」「雪ちゃん」と呼び合っているふたりを見て、武道は更にギョっとした。ついドラケンに言い返しそうになった言葉すら引っ込んでしまった。は恥ずかしそうに「ね?こんな感じなの」と苦笑している。
「はあ…のばあちゃんとドラケンくんが…意外過ぎる」
「あ?何か言ったかー?タケミっち」
「い、いえ!」
ドラケンにジロリと睨まれ、武道がぶんぶんと首を振る。この前助けた時には「恩人だ」とまで言ってくれたはずなのに、すっかり前に戻ってしまったようだ。
「ああ、。マイキー屋上で昼寝してっから行って来いよ。オレはタケミっちに話があっから」
「あ、うん。じゃあそうさせてもらうね」
「私はケンちゃんに林檎でもむいてこようかねー」
気を利かせたのか、雪子が見舞いにと持って来た林檎を手に取る。
「おーサンキュー雪ちゃん。わりいな」
「いえいえ」
雪子は笑顔でドラケンに手を振りながら病室を出る。も一緒に廊下に出ると「私は屋上行って来るね」と、雪子へ声をかけた。そわそわしているところを見ると早く万次郎のところへ行きたいらしい。それに気づいた雪子は内心苦笑した。
「はいはい。ごゆっくり」
「あ、龍宮寺くんのこと宜しくね。後でエマちゃんも来ると思うけど」
「分かってるよ。ああ、廊下は走らないでね」
小走りになりかけた孫に慌てて声をかける。も「あ」と声を出した後、恥ずかしそうに笑いながら早歩きで階段の方へ向かった。今日は平日だが夏休み期間ということもあり、他の見舞客も大勢来ている。その合間を縫って歩いて行く孫の姿を見送っていた雪子は、溜息交じりで軽く首を振った。
「毎日会ってんのに、まだ会いたいのかね」
苦笑いを浮かべつつ、それでも孫が万次郎に恋をして輝いていく姿を見るのは祖母として嬉しいことだ。
「には本当にやりたいことをやって欲しいもんだね…」
小さな溜息をつき、雪子は給湯室へと入って行った。
屋上のドアを開けると、むわっとした熱風がの髪をさらっていった。昼近くになり、今は太陽が高い位置にある。建物内から外に出るとやけに眩しく感じて、は目を細めた。
「佐野くん…?」
風で乱れる髪を手で抑えながら辺りを見渡すと、万次郎は屋上に設置してあるキュービクルの上に寝転んでいた。その下まで歩いて行くと、気配で気づいた万次郎が目を開けた。
「?」
万次郎が起き上がり、を見てすぐに下へ飛び降りた。
「遅かったじゃん」
「ごめんね。途中で花垣くんに会って」
「タケミっち?」
「今、龍宮寺くんと話してる」
「…そっか」
武道の名を聞いて、万次郎の顔が僅かに翳る。不思議なヤツだ、と万次郎は思った。今回の件もそうだが、最初に見かけた時から万次郎は武道のことが気になっていた。
「どうしたの?暗い顔してる…」
「いや…何でもない――」
と言いかけて、ふと言葉を切った。は困惑したように首を傾げている。今日もきちんと眼鏡はかけているが、髪はポニーテルにしてもらったのか、頭の高い位置で結ばれていて着ているワンピース同様、良く似合っていた。
「さ…佐野くん…?」
不意に屈んだ万次郎にキスをされ、が驚いたように顔を上げた。
「今日も可愛い」
「…あ…ありがとう…」
ニコニコしながら褒める万次郎に、の頬がほんのり赤くなる。でも少しだけ様子がおかしい気がして、もう一度「どうか…した?」と尋ねた。万次郎はその問いに答えることなく遠くへ視線を向けると、風になびく髪を手で抑えた。
「佐野…くん?」
「はさ」
「え?」
「タケミっちのこと、どう思う?」
「…花垣…くん?」
唐突に武道の名を出す万次郎に、は首を傾げつつ「どうって…」と言葉を濁した。急にどうしたんだろうという思いと、万次郎が武道の何かを気にしている気持ちが何となく分かる気もする。
「が知ってるタケミっちって…今と変わんない感じ?」
「えっと…前より…ちょっと変わった、かも」
「変わった?どういう風に?」
「ど、どうしたの?佐野くん…何か気になってる?」
意外に真剣な顔の万次郎を見て、は少しだけ戸惑った。しかし今の武道はの知る武道と少し違うとは感じている。万次郎はそのことを言っている気がした。
「花垣くんね…前はもっとこう…何ていうか口だけって感じの気弱な人だったの」
「え?」
「ああ、それは今もそうなんだけど…最近は時々ね、同じ歳じゃないって思うくらいシッカリすることがあって驚くことがある」
「…うん」
「この前のキヨマサって人のこともそうだけど…前の花垣くんならきっと…逃げ出してたんじゃないかなぁって。でも彼は自分より強い人に立ち向かって最後は倒したって聞いて…正直すごく驚いたんだ」
これまで感じていたことを話すと、万次郎はまた何かを考えこむように遠くを見た。
「タケミっちさ。パーのことがある前から抗争を止めようとしてたんだ」
「え、花垣くんが…?」
「そん時はオレも熱くなってたし何言ってんだって思ったんだけど…今思えばタケミっちは内部抗争が起こること…最初から分かってたような気がしてさ」
「分かってたって…」
「ケンチンが襲われることも…タケミっちは誰より早く気づいて止めようとしてた。不思議な奴だよな」
万次郎はそう言いながら微笑んだ。
「まあ…他にもスッキリしねえことあんだけど…」
「何?」
万次郎は言いかけて言葉を切った。こういう話をにしたところで心配かけるだけだと思いながら「やーめた」と笑う。
「せっかくとふたりでいんのに何でタケミっちの話しなくちゃなんねーんだよ」
「え…でも…」
万次郎に何か心配事があるなら教えて欲しいとは思った。だが不意に腕を引き寄せられ、ぎゅっと抱きしめられる。
「あ、あの…」
「少しだけこのままでもいい…?」
「え」
「すげー落ち着くし」
「…う…うん…」
万次郎の胸元に顔を押し付けられ、恥ずかしいながらも小さく頷く。ただ眼鏡がズレてしまいそうで少しだけ顔を上げると、額にちゅっと口づけられた。
「しばらく雨で出かけられなかったけど…今週ずっと晴れるみたいだし、明日辺りどっか行く?」
「え、行きたいけど…」
「あー塾あるし無理か…」
今日休んだ分、夜には勉強をしなきゃと思っていたものの、最近は「そこまで根詰めなくてもいいんじゃない?」と雪子に言われるおかげで気持ちが楽になったこともあり、は「ううん、行く」と応えた。それには万次郎も驚いた様子で身体を離す。
「マジで?いいの?」
「うん。別に夏休み中、毎日行くこともないかなって」
「やーりー!」
万次郎が嬉しそうに声を上げ、ついでにの唇へ軽くキスをした。
「じゃあ明日、デートしよーか」
「う、うん」
キスをされ、恥ずかしそうにしながらも頷いてくれたに、万次郎も笑顔になる。お祭りデートではあんなことになってしまったので地味に気になっていたのだ。万次郎はの眼鏡を外してからもう一度屈むと、今度はやんわりとの唇を塞ぎ、腰を抱き寄せた。の身体がかすかに跳ねたが、大人しく万次郎に身をゆだねてキスを受け止める。太陽の下でされるのは恥ずかしい気もしたが、幸い屋上にはふたりだけで周りから見られる心配もない。角度を変えながら何度も触れては啄むような万次郎のキスは、をドキドキさせると同時に幸せな気持ちにしてくれた。
最終巻、読みました✨
とりあえず思ったことはDaysに書き連ねております笑