君の瞳に恋してる // 02




「オーランド、これは何なの」


そう言って目の前にバサっと手にしていた雑誌を放り投げる。
それまでベッドの中でヌクヌクとしていたオーランドも、それを見てさすがに青ざめたようだ。


「あ、いや。あれ?」


口篭りながら布団からコソっと顔を出して私を見ているオーランド。
そんな彼を普段なら可愛い、なんて思う私も今日だけはそのヘラヘラした笑顔がムカつく。


「一体どういうつもりなのかしら」
「い、いや違うんだって、それは―」
「どう違うのよ!」


ドンっと床を鳴らせばオーランドは「ひゃ」と声を上げて布団に潜ってしまった。
が、怒りに燃えている私はその布団をガバっとはいで中で小さく丸まっていた彼を上からジロリと睨みつける。


「蓑虫を恋人にした覚えはないわよ、オーランド」
「う…えへへ…」
「あと一緒に住み始めてすぐに他の女とこんな雑誌に載っちゃうような男もね」
「だ、だからさ、それは違うって―」
「どう違うのか、ちゃんと起きて説明して!」


そう怒鳴ると私はそのまま乱暴にドアを閉めてリビングへと戻った。


全く!何て奴なの?
この前の熱い告白から、まだ半年しか経ってないって言うのに、もう浮気グセが出たわけ?
だいたい前の恋人と上手く行かなかったのも浮気をしてしまうのも、全て私を忘れられないジレンマ…みたいなこと言ってなかった?(ぇ)
その私とこうして数年分の想いを確認しあって、しかも「いつも傍にいて欲しい」なんて言うから自分の部屋を解約して、こうして一緒に住み始めたって言うのに。
ちょっと仕事で海外に行くと、こうなんだから呆れる男だわよ、ほんとに!


オーランドはアメリカでの仕事を終えて、一昨日の夜に帰宅したばかり。
昨日と今日はオフで、二日間は二人でノンビリ過ごす事が出来た。
で、今日は午後から仕事だって言うから、お昼まで寝かせてあげて、ランチは一緒に、なんて思って、いそいそと買い物に行ったのに。
その先で見つけたのが、いわゆるゴシップ誌というやつで、オーランドの名前がでかでかと載ってあったものだから、つい買ってしまった。


(見なきゃ良かった…)


そう、あんな雑誌にいい事なんて書いてあるはずがないのだ。
なのにやっぱりオーランドの何が書かれてるのか気になって。
気付けば雑誌を手に取り、レジへと向かう自分がいた。


"金髪の美人モデルと豪遊"


そんな見出しで、オーランドが確かにそこそこ美人(!)の金髪女の肩を抱いて楽しそうに飲んでる写真なんかが載っていたのを見た時、その場で破いてやろうかと思った。
そんな怒りをグっと抑え、何とか家まで帰宅してみれば…
大口開けて呑気に寝ているオーランドの姿に、とうとう抑えていた怒りが爆発したのだ。


何よ!オーリーのバカ!アホ!女好き!
そんなに金髪が好きなら、金髪女と付き合えばいいじゃない!


ランチで出そうと思っていたサラダ用の野菜をブチブチと千切りながら、怒りをぶつけるようにボールへ入れていく。
すると後ろから小さな声で、「…?」というオーランドの声が聞こえてきた。


「…何よ」


振り向きもしないで返事だけすれば、ペタペタと歩いてくる音がして不意に背中に重みがかかった。


「放して」
「ごめん…」
「それは何の謝罪?金髪美人と浮気しちゃったから?」
「それは違うよ!」
「ひゃ」


いきなり重みが離れたと思った瞬間、グイっと体を反転させられ、オーランドの方に向けられた。
見上げれば目の前には悲しげに揺れる捨て犬のような瞳。


「…何が違うの?」


軽く息をついて訊けば、彼は少しだけ目を伏せて私の手をぎゅっと握った。


「あれは…他にもスタッフがいたんだ」
「でも彼女はモデルでしょ?何で一緒にいたわけ?」
「彼女はあの店で飲んでた子で…俺に気付いてファンだって話しかけてきたんだ」
「へぇーふーん。それで肩なんて抱いてあげちゃったわけだ」
「あ、あれは酔ってて…っ。でもそれだけだよ?俺、ちゃんとマネージャーと先に帰ったし何もしてないからさっ」
「どうだか」


それだけ言って再びサラダ作りに取り掛かる。
今度は包丁を出してトマトを切っていると、後ろではオーランドが、「誤解されるような事してごめん…」と呟いてる。
でもそんな話なんて信じられない。
だってオーランドの浮気グセをいつも見てきたのは私なんだから。(ああ、やだ。今度、他の女に同情されるのは私かしら)


「そんなにブロンドがいいなら、そういう子と付き合えば」
「…え?」
「どうせ私はオーリーの好みとは正反対の黒髪だし」
…!そんな事ないよ!」


私の言葉に激しく反応したオーランドは隣に来て私の顔を覗き込んでくる。


「確かにに会う前はブロンドの子がタイプだったよ?でも今は違うよ!俺、の黒髪大好きだよ?凄く神秘的だしっ」
「………」


思わず顔が緩みそうになった。(私も単純だ)


「ほんとに好きだよ、…。だから怒らないでよ…」


ずっと顔を背けていると、オーランドは泣きそうな声で謝ってきた。
この様子だと浮気は本当にしてないみたいだ。


「ほんとに…何でもなかったの?」
「え?あ、うん!もちろんだよ!」


私の問いに必死な顔でそう言うオーランドを見て、私は軽く溜息をついた。


「分かった。今回は許す」
「ほんと?」


私の言葉にパっと笑顔になる彼を見て、さっきまでの怒りが少しづつ消えていく。


「でも今度また変な記事書かれたら許さないから」
「うん、分かってる!もう誤解されるような事しないよっ」
「きゃ…」


いきなり抱きついてきたオーランドにビックリして包丁を落としかけた(危ない)


「もう…危ないじゃない、オーリー」
「あ、ご、ごめん…嬉しくて」


そんな可愛いことを言って、えへへと笑うオーランドに私もつい笑顔になる。


「じゃあ早く着替えてシャワーでも浴びてきたら?寝癖が酷いわよ。今日は最後の撮影と打ち上げでしょ?」
「え?あ、いけね!」


パっと後頭部を押さえたオーランドは急いでキッチンを出て行こうとした。
が、すぐに戻ってくると、顔を上げた私の唇にちゅっとキスを落とし、「おはようのキスしそこねたから」なんて言って微笑んだ。
それだけでドキドキしてしまうけど、そんな顔はもちろん見せない。


「早くシャワー浴びてきて。ランチ、すぐ出来るから」
「はーい」


子供のような返事をして最後に頬にもキスをすると、オーランドはそのままバスルームへと走っていった。


「はぁ…」


何だか気が抜けて思わず息をつく。
やはり怒るというのもパワーがいるし、少なからず不安ではあったのだ。


「全く…有名人を恋人にもつと、こんな事でも一喜一憂させられるんだ…」


彼が俳優だからこそ、あんな知りたくもない仕事先での事まで知る事になる。
それは仕方のない事だけど、やっぱり知らない方が幸せだと思った。


(私ってかなり独占欲、強い方だったんだ…)


オーランドと付き合いだして初めて分かった。
前の私は恋愛に対して、それほど不器用じゃなかったはずだ。
なのに欲しかった彼の心が手に入った途端、どんどん自分が自分じゃないみたいになって小さな事ですら不安に感じてしまう。


(ずっと友達だったから、余計なのかもしれないな…)


可愛い女でいたいのに、変に友達期間が長かったせいで素直になれない自分に、少しだけ苛立ちを覚えた。













何なの?いったい。


目の前でヘロヘロになって酔っ払っているオーランドを見て、私の額がピクピクと動いた。


「たぁ〜だいまぁ〜♪」
「…………」


倒れるようにして抱きついてきたオーランドに、思わず倒れそうになりながら、何だか驚いたような顔をしてる目の前の女性を見る。


「あの…ここオーランドの家、ですよね」
「え、ええ。あの…送って下さってありがとう…」


酔っ払いオーランドは一人ではなかった。
ドアを開けた時、ヘロヘロ状態の彼の横には可愛らしい女の子が彼の腕にしがみつくような形で立っていたのだ。(しかも綺麗なブロンド)
まあでも彼女が誰であれ、こんな状態のオーランドを送って来てくれたのだから、とお礼を言う。
すると彼女は訝しげな顔で、「あの…失礼ですけど…あなたは…」と聞いてきた。
(だいたい、ソレを訊きたいのは私なんですけど)


「あ、あの…」


恋人です、というのも何だか照れくさくて言葉を詰まらせると、目の前のブロンドちゃんは、あっと小さな声をあげた。


「もしかして…ハウスキーパーさん、ですか?」
「…は?」


何を言ってるのだ、この可愛い子ちゃんは。
私をハウスキーパーなどと間違えるなんて失礼な!


その一言に少しムっとしていると、目の前の女の子はニッコリ微笑んだ。


「あの私、オーリーと今一緒に仕事してるジェンと言います」
「はあ…。あの」
「え?」
「私はハウスキーパーじゃありません」
「…え?あ、ごめんなさい…」


ジェンと名乗った可愛い子ちゃんは口に手を当て、申し訳なさそうな顔をした。
が、すぐに首を傾げると、「じゃあ…」と口篭る。
きっと私がオーランドとどういう関係なのか、と思っているに違いない。
ここまで来たら名乗るしかないか、と私はすぐに笑顔を見せた。


「私、と言います。オーランドとは一応…付き合ってて―」
「えっ」
「……え?」


彼女は私の言葉に驚いたように声を上げた。
その反応に私もビックリしてしまう。


「オーリーの…恋人なんですか?」
「え、ええまあ…」


改めて訊かれると何だか照れくさいが素直に認めると、ジェンという子は少し眉を顰めて目を伏せた。


「??あの…」
「あ、すみません…まさか彼女と住んでるなんて思わなくて…」
「いえ…。それより送って頂いてありがとう」
「…いえ。オーリーってば打ち上げで皆から飲まされて酔っ払っちゃったみたいで…」
「それで貴女が?」


普通なら、そんな状態になればマネージャーかスタッフが送ってきてくれるはずだ。
そう考えてる事に気付いたのか、彼女はちょっと苦笑すると、


「オーリーってば、こんなに酔ってるのに"もう一軒、飲みに行こう"って言うので打ち上げやってた店を二人で出てきたんですけど…」
「え…?(二人で?)」
「途中でフラフラしてたんで送ってきたんですよ」


ジェンはそう言って意味ありげにニッコリ微笑んだ。
何となく、その態度に嫌なものを感じてチラっと後ろで座り込んで寝そうになっているオーランドを見る。


「…そうだったの。ごめんなさいね?迷惑かけて」
「…いいえ。迷惑なんて…。彼から誘ってもらえて嬉しかったですし」
「…(む)」


ジェンはさっきまでとは違い、少し挑戦的な笑みを浮かべると、「それじゃ…オーリーに宜しくお伝えください」と言って帰って行った。


――な、何よ、あの子!
あの様子じゃ絶対、オーリーを送ってきて家に上がりこむ気だったんだわ…
でも私が恋人だと知って、わざとあんな事…


じわじわと腹が立ってきてクルリと振り返れば、オーランドは座ったままコクンコクンと居眠りをしている。
呑気なその態度にカチンと来て、思わずゴンっと頭にゲンコツを落とした(!)


「…って」
「何考えてるのよ、もう!今朝あんなこと言ったくせに舌の根も乾かないうちに!」
「ん〜〜!」
「きゃ…」


今のゲンコツで少し目が覚めたのか、ゴシゴシと目を擦った後、オーランドはフラリと立ち上がり抱きついてきた。


「ちょ…お酒臭いってば…」
〜会いたかった…」
「はいはい…もう…こんなになるまで飲むなんて…」


腹は立ってるけど、こんな状態で文句を言っても仕方がないと、私はオーランドの体を支えて寝室に向かった。


「よいしょ、と…はぁ…。無駄に重いんだから…」


オーランドを何とかベッドまで運ぶと思い切り息を吐き出した。
でも彼は「〜」と言って子供のように両手を伸ばしてくる。


「いいから寝ろ!この酔っ払いっ…ひゃ―」


そう言ってジャケットだけ脱がしてあげようと近づいた途端、腕を引っ張られて彼の上に倒れこんでしまった。


「ん〜〜愛してるよ〜」
「きゃ、ちょっとやめてよ…」


ちゅっちゅっと何度も唇にキスをしてくるオーランドに私は体を捩って暴れた。
が、酔ってるくせに力が強くて振り払えず、結局されるがままに彼の唇を受け止める。
気付けば体勢が逆転していてオーランドが私に覆いかぶさっていた。


「ん…っちょ…オーリ…」


唇の隙間から舌が入ってきて口内を動き回る。
アルコールの匂いがして、何となく腹立たしいのに突き飛ばす気にはなれなくて。


「…愛してる」


舌が出て行くのと同時に呟かれ、次第に体の力も抜けていった。
さっきの女の子の事が気になったけど、でもまたきっと酔ってたから、とか何とか言い訳されて終わるんだろう。
それで怒ってみたところで私は結局、彼を許してしまうんだ。


(ほんとオーリーには敵わない…愛してるって言葉とキスだけで私を翻弄しちゃうんだから)


また下りてきた唇に息を乱しながら、私はそっと彼の体を抱きしめた。
























傍にいるだけで満足できたら









もっと可愛い女でいれたはずなのに。









今回のオーリーはちょっと軽い設定ですね(笑)
ヒロインが一番なのに、ついつい浮ついてしまうオーランド。
私にしちゃ新鮮な設定ですよ。あははw


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
感謝を込めて…

C-MOON管理人HANAZO